「先生、愛してる」
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私は真っ黒になったテレビの前から離れた。先生は机上で本を開いている。片足を引きずりながら彼の位置する場所まで近づくと、一定の距離を保って静止した。
先生が険しい顔を見せた。その反面、私は穏やかだった。
長い沈黙が訪れる。静かで、妙に重苦しい。息を吸うにも喉の奥で詰まるようで、すぐに吐き出してしまう。そんな浅い呼吸を繰り返していると、先生の方から口を開いた。
「どうするつもりだ」
「どうって」
「余計なことは考えるな。秋奈はずっとここにいればいい」
先生の目つきは変わらない。今私が言わんとしていることを理解しているような、そんな反応だ。本当に、彼は何でもお見通しなのだな。そんなことを思うと、思わず笑みが零れた。
「先生、やっぱり無理なんですよ」
私は言った。
「誰にも見つからずここに居続けるなんて叶いやしない。今日、明日にはきっと警察がこの家へ押しかけてくるかも」
「秋奈」
それ以上言うな、そう言いたいのだろう。先生の表情はまるで怒りに近かった。しかし止めない。例え先生が怒りに叫び声を上げ、悲しみで頬を涙で濡らしたとしても、今の自分には全て快楽へと変換されてしまう。
────ああ、もっとその歪んだ表情を見せて。頭の中を私で埋め尽くして。
心の中で思いながら、諭すように言葉を紡いだ。
「今頃、事件の重要参考人である私を皆が必死になって捜索していることでしょう。私がここにいては、先生までも疑われてしまう。いづれ知れ渡るであろう柏木秋奈という殺人犯を庇った者として、迷惑をかけてしまいます」
これは、嘘ではなく本心だった。先生の移り変わる表情に嬉々とする反面、心中ずっと思っていたことだ。先生のことを愛している。だからこそ、関係の無いことに巻き込んではいけない。 捕まるのは自分だけでいい。
それでこそ、全てに意味があるのだ。