「先生、愛してる」




その次の日、先生は自殺した。

朝、目が覚めると隣で眠っていたはずの先生の姿がなくなっていた。急いで外に探し出ると、最寄りの踏み切りで電車に衝突したらしく、見つけた時にはもう既に彼女の体はぴくりとも動かなくなっていた。


特に驚きはしなかった。昨日、先生に笑ってと、そして名を呼んでと求められた時らから何となくそうなるのではないだろうかと予想はついていたのだ。先生は、これを最後にしようと思っているのだろう、と。


しかしそうでありながら、先生を引き止めなかったことに大した理由があるわけでもない。例え今日、引き止めることに成功したとしても、それは一時的なものとなって先生は再び自殺を図ろうとするだろう。

自殺願望など、本気で抱いてしまえば止めることなどできない。そのときに欲求を抑えられたとしても、またすぐにふつふつと湧き出してくる。それならば、いっそ思いのままに絶たせてあげるべきだろうと思ったのだ。



その後、先生の死は学校側に大きな影響を与えることとなった。彼女を責め立てていた教師らは驚くほど重たい表情を浮かべるようになり、責任の重大さに気落とし仕事にすら来ない教師も出てきた。
その反面で特に驚きも悲しみも見せない僕を彼らは気味悪く思ったようだが、誰かが「被害者なんだから」と言うと囁かれていたその声も時期に収まった。




それから数ヶ月が経つと、卒業式を迎えていた。
先生の死後はというと、思いのほか支障をきたすことなく普通の男子高校生として学校生活を送っていた。
進むべき大学も決定し、高校生という一つの終了と共に新たな出発点も手に入れた。


卒業式が終わると、僕は久しぶりに先生の家へと訪れていた。当たり前だが、玄関先の花々は完全に散り行き、枯れ草と蜘蛛の巣のかかるその家はどこからどう見ても廃墟だった。妙に洋を匂わす佇まいが、おどろおどろしさをより際立たせている。


扉は施錠されていなかった。ドアハンドルを引くと難なく開いたそれに少し驚いて、中へ入る。もう誰がいるわけでもないというのに、律儀に靴を脱いで上がり込んだ。


リビング、キッチンとそんな風に中を見て回る。懐かしいな、 なんて思いながらゆっくりと進んで行った。


これでも、先生に対して何か未練が残っているというわけではない。悲しくないのか、と聞かれれば否と答えるが、思ったよりあっさりと、先生がどんどん遠い思い出となりつつあることも確かだ。そう、これはけじめだ。自分の高校生活において唯一の心残りを取り去るためのもの。これで、全てに終止符を打つつもりにしていた。

少なくとも、一階から二階へ上がって最後に先生の自室に入るまでは、本当にそう思っていた。

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