「先生、愛してる」
"この本"、その文字が指すものは恐らく遺書の隣に置かれていたもう片方のことを言うのだろう。
遺書を置いて、代わりに本を手に取る。分厚いハードカバーに淡黒い表紙。金色の文字でタイトルは『月光』とあった。
僕は本をよく読むが、こんなものは今まで見たことがない。
ゆっくりとそれを開く。
目次を確認すると、それは前六章での構成となっており、ページ数は約三百ほど。次に序章へ目を通したとき、僕は思わずその本を閉じた。本を持つ手の力が緩む。するりと抜けると、ゴトッと重い音を立てて角から床に落ちた。
心臓の鼓動が徐々に早まっていく。突然起こった激しい動機に僕は戸惑った。
先生はとんでもないものを残してしまったようだ。『月光』と称されるこの本、そうこれは紛れもなく、先生が書いた先生と僕の物語らしかった。
「うそ、だろ」
力なく呟いた。そして、ははっと笑う。
先生は、あの日々を、この気持ちを決して忘れさせてくれはしない。存在すら無いくせに、いつまでも繋ぎ止めて離さない。
愛している、抑え込んでいたはずの思いが胸の内で完全に蘇った。こんなこと、決してあるはずがないと思っていた、なのに。だとすれば、これはけじめでもなんでもない。言うなれば、そう。
先生による、先生のための永遠という支配の始まりだった。