願いごと、ひとつ。
「なんだ。来てたんだ」
「あぁ、おかえり」
部屋に帰ると、孝志がビールを飲みながら自分の部屋のように寛いでいた。
「来るならメールでもくれればよかったのに」
「お前がメールよこしたんだろ。飯でも食いに行こうって」
――そうだった。
確かに昼休みが終わる間際にメールしたのだ。すっかり忘れてしまっていた自分を反省するというより、なんだかウンザリした気持ちになった。
「ごめん、午後からなんかバタバタしててさ。もしかして連絡くれた?」
とりあえず笑ってごまかそう、と明る
く言ってみる。
「何度か携帯に電話したよ」
――ヤバイ。
すっかり機嫌を損ねてしまっている。
「ご飯は? 私まだなんだけど……」
「おまえの携帯繋がらなかったし、会社の先輩と食ってから来た」
機嫌を損ねたと言うか、拗ねている、という表現が正しい気がする。
「そなんだ……じゃ、あたしはなんか食べよっかな。つまみはいらないの?」
私の問いかけに孝志は返事もせず、テレビの画面を睨みつけている。
私は深くため息をついて、その横顔を見つめる。
この人は誰だろう――知り合ってから九年。月日の積み重ねが人と人の絆を深めていく事は確かにある。だけど孝志と私に、それはあてはまらない気がしていた。学生の頃から見ていたはずの横顔が、まるで知らない人のように見えた。
「何?」
私の視線に気づいて、孝志が横目を向けた。
「別に」
部屋には重たい空気が流れている。
私はふと、あの洋館の事を思い出した。孝志はあの建物に気づいただろうか。