例えば君に恋しても
届かない
翌朝、何事もなかったように掃除をしてる私を新一さんは黙って見ていた。
「終わりました。印鑑を押して下さい」
いつもとなんら変わらない。
唯一変わったのは私の心の中が空っぽだということだけ。
「・・・その前に、昨夜はどこにいた?ファミレスに行っても居なかったし、アパートにもいなかった。
携帯にもでないし、ずっと探してた・・・」
怒るよりも心配気に、不安そうな眼差しを向ける彼の目を直視できない。
「・・・別に」
「何か・・・隠してる?」
「・・・何も。」
「・・・それなら、いつもみたいに笑って?いつもの君なら怒ったり笑ったり悲しんだり
ころころその可愛い顔に色んなアクセントを見せてくれるのに・・・
今日の君は何かおかしい。」
笑う?
そんな言葉
どこかに置いてきたようにピンとこない。
難しい問題に直面した気分で、不安そうなその目をぼんやり眺めていると、机の上に置いてあった内線が鳴った。
「話はまだ終わってないから待ってて」
私に釘をさしたあと、内線に出た新一さんの声は少し驚きが混じっていた。
だけど、何も想像がつかない。
まるで真っ暗で狭い檻の中に閉じ込められたような閉塞感。
受話器を置いた彼は今度は少し、厳しそうな顔つきで、目の前にいる私の向こう先を見ているようだった。
「あの・・・印鑑・・・」
言いかけた時
後ろで、社長室の扉が開く気配がして振り返る。
そこにいたのは
今朝、私が選んだスーツを着た仁だった。