例えば君に恋しても


一時の気の迷いでおかしな事をしてはいけない。


気付いて欲しい。

貴方が私を好きになったのは


幸せで平坦すぎる毎日中で少し迷子になっただけだって・・・。


毎日毎日、変わらない景色の中で道に迷っただけだと・・・。


私の気持ちも届かない。

届けちゃいけない。


出勤帳簿を机の上で開く

力なく椅子に座り込んだ彼と目があった。


笑って―――――。


さっきの言葉が今になって鮮明に聞こえた気がして

その大好きな声に心が反応した。


私の笑顔を見て一瞬、驚いた様子の彼だったけれど


お人好しだね・・・

そんなに苦しそうに

でも

微笑み返してくれる。


私の

世界で一番優しい人。



何も言わずに印鑑を押してくれると帳簿を私に渡す。


そして何も言わずに私たちに背を向けた。


これで良かったんだ・・・。


クイッと私の腕を掴む仁に頷いて


静かな社長室の扉を閉めた。


このドアの向こうで

今、あなたはどんな表情をしているのだろうか?

私には・・・


想像することすらできないよ。



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