例えば君に恋しても


「新一さん、何を言ってるんですか?今の段階では貴方が一番にふさわしいと、私は思っています。」

婦人の苛立ちが鰻登りに加速しようとした時、静かに部屋に入ってきた峯岸さんが私の隣に立つとなに食わぬ顔で然り気無く、瑛士さんの連絡先を書いた紙を私のエプロンのポケットに入れる。

それを後ろ目に確認していた香里奈さんが大きなため息をついた。

「話が全然まとまらないような感じに思えますわ。

豊穣家の意見も無視して勝手に跡取りの話を進めようとして・・・

市橋が一人で今の地位を確立したわけじゃないでしょうに・・・

先ずは私の疑念を晴らしていただきたい。

勝手に跡取り候補を決めるような事があればこちらにも考えがあることをお忘れなく。」

「香里奈さん、あなた少し勘違いしていらっしゃらないかしら?

今や市橋は豊穣の支えなど無くしても大きな損害はないわ」

「おば様だって元は豊穣の生まれですわよね?豊穣財閥の力をお忘れかしら?」

最早、火に油を注いでいくような話の展開に、誰もが息を飲んでいた。

それを、ただ静かに聞いていた当主が婦人の手を軽くぽんぽんと叩きなだめる。


「欲しかったもの貰えたんでしょ?行っていいわよ」

私に耳打ちした香里奈さんに頷く。

跡取りを辞退したいと言った新一さんの事が心配だったけれど

その切なそうな瞳に後髪ひかれながら、静かにその部屋を退散した。

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