例えば君に恋しても







「美織ちゃん、口開けて。あーん。」

切れた唇で小さく口を開けると、擦り下ろされた林檎が口の中で甘酸っぱく広がる。

「おでこは明日、抜糸だって」

私のおでこを撫でながら切なそうな表情を浮かべるのは新一さんだった。


あの事件後

私は市橋の専属の主治医のいる病院の個室に運ばれた。

私が誘拐された時、その場で目撃した新一さんが助けてくれたに違いないだろうけれど

私は何もかも忘れたくて

現実として

何一つ受け入れることができない。

悪夢だと思いたくても

鏡に映る傷痕を見ればトラウマを起こして悲鳴をあげてしまう。


殺されかけた・・・

あの人達に・・・


私の悲鳴を聞くたびに新一さんは優しい嘘をつく。


「悪い夢を見てたんだよ」って。

優しい腕で抱き締めてくれる。

「何もかも忘れて幸せな夢だけ見せてあげる」と


その言葉に頷きながら

本当に悪夢だったらどれほど良かったか・・・

忘れられるものなら忘れたいと

言い表せない恐怖を消し去りたいと・・・

どれほど思ったか・・・唯一の安心材料はあの二人があの場で警察に捕まったことだ。


あの男に関しては幾つもの容疑がかかっていることを私が初めてニュースで知ったときにはもう

私の知ってる彼ではなかった。

この悪夢は現実だったのは確かだ。

夢だったのは

あの人と過ごした日々。

まさにあれが夢の中の出来ごとだったんだと改めてそう感じた。








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