例えば君に恋しても
ボストンバッグに入れてきた数着の着替えの中から、一番皺の少ないものを選ぶと、数日ぶりにスエット以外の服に袖を通した。
御曹司・・・新一さんの姿はなく、代わりにテーブルの上に置かれた部屋の鍵を持って、家を出た。
瑛士さんのことを考えてるうちに、もしかしたら、なんて淡い期待が込み上げてきたんだ。
もしかしたら何も知らない瑛士さんが私がいなくなったことも知らずにあのマンションに帰ってきてて、空っぽになった部屋を前に、いなくなった私を探しているかもしれない。なんて、そんな淡い期待が・・・。
徐々にこばしりになり、マンション近くに来る頃には自分でも気付かぬまま走り出していた。
オートロックの鍵は返却していてもマンションの住人だった私達はオートロック解除の暗証番号は知っている。
平日のこの時間は管理人はだらだらマンション周りのごみ捨てをしている時間だ。
すんなり、オートロックを解除してエレベーターに乗り込む。
居て欲しい。
居て欲しい。
焦れる気持ち。
溢れるような思い。
エレベーターのドアが開いたその道の先に瑛士さんの姿が見えた。
気がしたのは一瞬で・・・
誰もいない殺風景な廊下だけ広がっていた。