例えば君に恋しても


「あなた、人の表情を読み取るのは苦手?」

半笑いを浮かべる私に、彼はにこやかな笑顔で「さあ?どうだろう。」と呟いた。


なんとなく、その笑顔で思い浮かぶ人物が頭の中をよぎる。


「適当に仕事を探すつもりはないの。」

「そう?なら、うちで働かない?」

「だから、適当に仕事を探すつもりはないの。何度も言わせないで。」


「だからうちで働けばいいよ。」


何度か同じやり取りをしたあと、どうにかこのウザいスカウトマンを撒きたくて、点滅してる交差点を一気に走り抜けた。


振り替えるとそいつは信号の向こう。


ほっと、ため息をついて、そのまま小走りで細い通りをぐるぐる遠回りしながら、仮住まいのマンションの前に着くと


「遅かったね」とさっきのスカウトマンが、仏頂面でマンションの前に立っていた。



驚いた私が咄嗟に踵を返すも、一瞬で掴まれた手首。

危機感に早くなる鼓動。

彼の目に映った私は怯えた小動物のような顔をしていた。


「そんな顔、すんなよ。別に危害なんてくわえたりしねえから。」


「なんで、私がここに住んでること知ってるのよ・・・

あなた一体、誰なの⁉」

振りほどこうにもその手に硬く掴まれた手首がじんじんと痛む。


「面白いものは好きなんだ。君、兄貴のなんなの?」

「兄貴・・・?」

「そう。新一だよ。市橋新一。俺の兄貴。」


「あなた・・・新一さんの兄弟なの・・・」


目を見開く私に頬笑む彼。


市橋財閥の三人いるうちのもう一人の御曹司

市橋仁だ。

名前だけはネットで見て知っている。




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