例えば君に恋しても
そう、仁の言う通り今の私はただの他人にお世話になってるだけだ。
そう、私は新一さんのことなんて何一つ知らない。彼の名前を知ったのもついこの間の出来事。
新一さんがお金持ちでだから、たまたま目にした可哀想な私を手を差しのべてくれただけ。
言わば、捨て犬を拾って来たお金持ちの坊っちゃんというところだろう。
「本当に私を・・・雇ってくれるの?」
「だからそう言ってるだろ。」
「うん。」
市橋の豪邸は確か都心部にあるはずが、徐々に人気のない閑静な住宅街に入り
徐々に閑静すぎる森林地帯に入っていく。
「私のこと、騙してないわよね?」
なんとなく薄気味悪さを感じた間もなく、木々に覆われた一本道を抜けた瞬間、目の前に広がったお花畑。その中心にそびえる大きな屋敷。その横に並ぶように小さめの、それでも豪邸が2件建っている。
まるで、ファンタジーの世界に迷いこんだ錯覚を覚えるほど、美しい光景が目の前に広がっていた。
「親父が病気になってから、こっちで療養してる。都心部からは少しだけ離れてるけど、静かでいいよ。
あの真ん中のデカイのに、親父やお袋、弟が住んでる。
で、あっちの左の小さいのが俺の部屋。」
仁が小さいと指差したのは、一般的には豪邸だ。
それを「部屋」と呼ぶ辺り、やはり常識からかけ離れている。
それなら、もうひとつのあの建物は・・・
私が向けた視線の先を見て「あれは兄貴の部屋」と仁は続けた。