例えば君に恋しても


勝手に入って良いものか少し悩んだけれど、起こすように言われてるので仕方なくドアを開けると、既に起きていた仁がベッドの上でぼんやり窓の外を眺めていた。

黒髪の新一さんと違い、栗色の髪が太陽の光でいっそうきらきら光っている。


「起きてるなら返事くらいしなよ。」

ため息混じりに声をかけると、少し驚いた表情で振り返り、私を見て頬笑む。

「おはよう。働く気になったの?」

「体験よ体験。」

「そっか。」

何を考えていたのだろうか、どこか遠くを儚げに見つめていたその瞳は一転、昨日と同じように、挑発交えた可愛くない目付きに変わる。


「じゃあ、今日のスーツを用意しておいて。俺は顔を洗うから。」

仁が部屋を出てすぐに私は投げやりにクローゼットを開けた。


スーツくらい自分で用意しなよ。これだから坊っちゃんは・・・。

ため息を飲みこみ

どれもみな、同じように見えるスーツが何着も数える気にもならないくらい掛かっている。


「どれも同じよね。選ぶ意味あるのかしら?」

適当に手にしたスーツ。

黒見かかったグレーのストライプのスーツを見て

不意に瑛士さんと最後に会った日の朝を思い出した。


出張に行く朝

彼もこれとソックリなスーツに袖を通して

朝食をテーブルに並べた私の簡単すぎる料理を朝から嬉しそうに食べてくれた。



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