例えば君に恋しても



「失礼しました」バケツを抱えて私が社長室を出るのとすれ違い様に入っていったのは新一さんの秘書の男性に。

少し険しい顔をした横顔が

瞼に焼き付いた。

閉められた社長室の扉。

いつも冷静なあの秘書があんな表情を見せるのが意外で、一度振り返って見たものの・・・

仕事の話なんて私にわかるはずもない。

踵を返して会社を出た。




その夜


いつもと変わらない新一さんの声色が携帯越しに聞こえてくる。

「今、そっちに向かうから。」

「じゃあ、私はファミレスで待ってるね」



電話を切ったあと、何を期待してるのかしていないのか、昼間の光景を思い出して、また胸が高鳴る。

傷つきたくないくせに

トクン

トクンと高鳴る甘い音を感じて

頬が緩む。

会って何を話すというのか

会って何をするか



頭の中でそんなどうでもよい意地っ張りな私の声と


会いたいと囁く心の声と


昨日まで瑛士さんでいっぱいだったはずが


私は結局、軽い女だったのか


一人の方が傷つかずにすむとわかっといても

幸せ以外を君にあげるつもりはない。そんな新一さんの言葉が耳に残ったまま離れない。


君に恋をしても

きっと傷つくだけ。


それでも

化粧を直してファミレスに向かう

矛盾ばかりの私がいた。

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