一途の花
式は、とてもとても素晴らしいものだった(棒読み)。
いえ、本当に、凄くよかったと思う。料理も美味しかったし(なぜかカレーがでた。変わったことが大好きな律の演出だろう)内容も面白かったし(余興として水泳部みんなでAKB48を踊った。だけどそのデキがめちゃくちゃだったから大爆笑だ)何よりも、律の最愛の母親も涙を流し、笑っていた。そうでなくては困る。大事な大事な娘のよき日に、立ち会うことができたのだから。
式が終わり、俺と瀬野は、会場の外にある庭に出ていた。庭と言っても、小さな庭園で、一面の緑は美しいが、彩りらしい彩りはない。少し寂しいその場所で、二次会へ向かう車を待っていた。他のメンバーはみな、中で招待客たちと騒いでいる。俺はどうしてもその輪に入れなくて、外でボンヤリしていた。そんな俺を発見し、瀬野が俺の隣に寄りかかってきた。
「伝えたいことなかったのか?」
ずっと何も言わず見守っていてくれた瀬野だからこそ、この言葉は重かった。俺は首を振る。
「ないよ」
「ないわけあるかよ。聞いたよ、翔ちゃんから」
「あのおしゃべり…」
「よく言うよ。背中押してほしくて翔ちゃんにヒント出したんだろ」
「あれ、バレた?」
「わかるよ、仲間のことだからな」
俺じゃなくても、きっと、このひとならわかってしまうんだろう。
俺たちのこと、ずっと、見守ってきてくれたひとだから。
もう、何も隠すことはない。隠すことは、できない。
「律のお母さんさ、律のこと溺愛で…俺も何度か家にお邪魔したことあるけど、なんかこう、わかるよね。ああ、このひと、律のこと凄く好きなんだなぁって。ま、親子だから当たり前だけどさ」
きっと、そういうのだけではなくて。
律がどれだけ愛されて育ったのか、それが、痛いほど伝わってきた。
「そんな大切なひとが重い病気になって、『あなたの花嫁姿が見たかった』って言われれば、あの子の選択肢は、ひとつしかないよね」
無邪気とは、時に残酷だ。
あの優しくて穏やかな母親の涙には、誰も逆らえない。そう、逆らえないんだ。
俺も、律も。
「散々話し合ったから、俺はもう、何も言わないよ。それでもここまで来るのに、半年かかったんだ。別れてから別のひとと付き合って抱き合って婚約して―…律は、よく頑張ったよ」
それなのに、今、俺があの子に何か言ってあげることはない。
言えるわけがない。
言えないよ。
『篤、あたし、結婚することになった』
思い出と映像が、遠慮なく押し寄せてきた。
俺は、その場に崩れた。
必死に我慢してきたものが、溢れてきた。
「………誰にも、渡したくなかった」
地面に落ちていったのは、言葉だけではなかった。
零れ落ちるそれは、地面を濡らし、シミを作った。俺の思いが、描かれた。
「俺は…俺は…」
伝えたいこと。
それは、たった一言だけ。
「律を、誰にも渡したくなかった」
式のこととか旦那さんのこととか、そんなの無視して、奪い去りたかった。もしそこで律の母親が発作を起こしても、悲鳴をあげても、そんなもの全て蹴散らかして、強奪してしまいたかった。どんなに律が困っても、それでも、譲れないものがあった。
あったのに。
「………言えないよ…」
言えない。
瀬野は優しく、俺の背にかぶさるように抱きしめてくれた。
暖かいぬくもりが、そこにあった。
「お前も、よく頑張ったよ」
最高の、賛辞だった。
二次会へは行かなかった。腫れた目もそうだけど、もう、精神的に限界に来ていた。瀬野も翔ちゃんも事情を知っているので、無理につれていこうとはしなかった。俺はひとり、会場に残っていた。片付けられていく律の結婚式。でも、それで終わりじゃない。律の新たな世界は、ここから始まるのだ。
俺は、床に残された花びらをひとつ拾った。淡いピンク色をしていた。
「あ、すみません!今片付けます…!」
係りのひとが飛んできた。別に片付けの甘さを指摘するつもりはなかったのだけど。勢いよくやってきたその係りのひとに尋ねた。ただの好奇心からだった。
「これ…何の花でしょうか?」
「ああ、こちらは新婦さまのご希望でしたのでよく覚えています」
係りのひとは花びらを手にとって、優しく微笑んだ。
「バレリーナツリーと言います」
「バレリーナツリー?」
首を傾げる俺に、係りのひとは頷く。
「はい、花言葉が『一途な思い』というらしくて、新婦さまからのご要望でした」
「律の…?」
「この式は色々と新婦さまのプランが多く取り入れられていまして、中でも、カレーには細部までこだわっていました」
「カレー?」
更に係りのひとは、ニッコリと笑んで。
「結婚式にカレーも珍しいですけど、カレーなのにニンジンは入れず、ニンジンを入れない代わりに色々な野菜を使われたんです。他のメニューも、あまり高価な食材は使わず、手軽だけど美味しいものを、という希望でしたし」
カレーとニンジン。
「―――あ、すみません。おしゃべりすぎちゃって」
係りのひとは深くお辞儀をし、去っていった。
残された俺は、ただ、律のことを思った。
律。
君はまだ、俺のことを。
その先は、考えないようにした。
俺の甘い希望は裏切られ、律たちは新婚旅行にまで行ってしまった。形だけの結婚だとしても、結婚するからには、律はきっと、最高の嫁を目指すだろう。
それは、それで。
「俺、多分一生独身だわ」
「は?」
隣に座る、瀬野に言った。
「親不孝な息子だけど、いいんだ。それだけは、守らなきゃ」
「?」
疑問符いっぱいの瀬野に、優しく微笑んでから、言った。
「こんな引き裂かれそうな思い、律にさせられない」
律はきっと、ずっと、俺のこと好きだろう。
それはもう、決まってるから。
そんな律が、俺の結婚を知ったらどう思うか、答えは簡単だ。
こんな千切れる思い、律にはさせられない。
俺は、永遠に、律のことが好きだから。
きっとそれは、君も同じだろう。
そう思うだけで、救われる。
一途な思い。
あの花の誓いのように。
曖昧のまま。
完成された未来に、叫んでいた。
「律を、誰にも渡したくなかった」
完。
いえ、本当に、凄くよかったと思う。料理も美味しかったし(なぜかカレーがでた。変わったことが大好きな律の演出だろう)内容も面白かったし(余興として水泳部みんなでAKB48を踊った。だけどそのデキがめちゃくちゃだったから大爆笑だ)何よりも、律の最愛の母親も涙を流し、笑っていた。そうでなくては困る。大事な大事な娘のよき日に、立ち会うことができたのだから。
式が終わり、俺と瀬野は、会場の外にある庭に出ていた。庭と言っても、小さな庭園で、一面の緑は美しいが、彩りらしい彩りはない。少し寂しいその場所で、二次会へ向かう車を待っていた。他のメンバーはみな、中で招待客たちと騒いでいる。俺はどうしてもその輪に入れなくて、外でボンヤリしていた。そんな俺を発見し、瀬野が俺の隣に寄りかかってきた。
「伝えたいことなかったのか?」
ずっと何も言わず見守っていてくれた瀬野だからこそ、この言葉は重かった。俺は首を振る。
「ないよ」
「ないわけあるかよ。聞いたよ、翔ちゃんから」
「あのおしゃべり…」
「よく言うよ。背中押してほしくて翔ちゃんにヒント出したんだろ」
「あれ、バレた?」
「わかるよ、仲間のことだからな」
俺じゃなくても、きっと、このひとならわかってしまうんだろう。
俺たちのこと、ずっと、見守ってきてくれたひとだから。
もう、何も隠すことはない。隠すことは、できない。
「律のお母さんさ、律のこと溺愛で…俺も何度か家にお邪魔したことあるけど、なんかこう、わかるよね。ああ、このひと、律のこと凄く好きなんだなぁって。ま、親子だから当たり前だけどさ」
きっと、そういうのだけではなくて。
律がどれだけ愛されて育ったのか、それが、痛いほど伝わってきた。
「そんな大切なひとが重い病気になって、『あなたの花嫁姿が見たかった』って言われれば、あの子の選択肢は、ひとつしかないよね」
無邪気とは、時に残酷だ。
あの優しくて穏やかな母親の涙には、誰も逆らえない。そう、逆らえないんだ。
俺も、律も。
「散々話し合ったから、俺はもう、何も言わないよ。それでもここまで来るのに、半年かかったんだ。別れてから別のひとと付き合って抱き合って婚約して―…律は、よく頑張ったよ」
それなのに、今、俺があの子に何か言ってあげることはない。
言えるわけがない。
言えないよ。
『篤、あたし、結婚することになった』
思い出と映像が、遠慮なく押し寄せてきた。
俺は、その場に崩れた。
必死に我慢してきたものが、溢れてきた。
「………誰にも、渡したくなかった」
地面に落ちていったのは、言葉だけではなかった。
零れ落ちるそれは、地面を濡らし、シミを作った。俺の思いが、描かれた。
「俺は…俺は…」
伝えたいこと。
それは、たった一言だけ。
「律を、誰にも渡したくなかった」
式のこととか旦那さんのこととか、そんなの無視して、奪い去りたかった。もしそこで律の母親が発作を起こしても、悲鳴をあげても、そんなもの全て蹴散らかして、強奪してしまいたかった。どんなに律が困っても、それでも、譲れないものがあった。
あったのに。
「………言えないよ…」
言えない。
瀬野は優しく、俺の背にかぶさるように抱きしめてくれた。
暖かいぬくもりが、そこにあった。
「お前も、よく頑張ったよ」
最高の、賛辞だった。
二次会へは行かなかった。腫れた目もそうだけど、もう、精神的に限界に来ていた。瀬野も翔ちゃんも事情を知っているので、無理につれていこうとはしなかった。俺はひとり、会場に残っていた。片付けられていく律の結婚式。でも、それで終わりじゃない。律の新たな世界は、ここから始まるのだ。
俺は、床に残された花びらをひとつ拾った。淡いピンク色をしていた。
「あ、すみません!今片付けます…!」
係りのひとが飛んできた。別に片付けの甘さを指摘するつもりはなかったのだけど。勢いよくやってきたその係りのひとに尋ねた。ただの好奇心からだった。
「これ…何の花でしょうか?」
「ああ、こちらは新婦さまのご希望でしたのでよく覚えています」
係りのひとは花びらを手にとって、優しく微笑んだ。
「バレリーナツリーと言います」
「バレリーナツリー?」
首を傾げる俺に、係りのひとは頷く。
「はい、花言葉が『一途な思い』というらしくて、新婦さまからのご要望でした」
「律の…?」
「この式は色々と新婦さまのプランが多く取り入れられていまして、中でも、カレーには細部までこだわっていました」
「カレー?」
更に係りのひとは、ニッコリと笑んで。
「結婚式にカレーも珍しいですけど、カレーなのにニンジンは入れず、ニンジンを入れない代わりに色々な野菜を使われたんです。他のメニューも、あまり高価な食材は使わず、手軽だけど美味しいものを、という希望でしたし」
カレーとニンジン。
「―――あ、すみません。おしゃべりすぎちゃって」
係りのひとは深くお辞儀をし、去っていった。
残された俺は、ただ、律のことを思った。
律。
君はまだ、俺のことを。
その先は、考えないようにした。
俺の甘い希望は裏切られ、律たちは新婚旅行にまで行ってしまった。形だけの結婚だとしても、結婚するからには、律はきっと、最高の嫁を目指すだろう。
それは、それで。
「俺、多分一生独身だわ」
「は?」
隣に座る、瀬野に言った。
「親不孝な息子だけど、いいんだ。それだけは、守らなきゃ」
「?」
疑問符いっぱいの瀬野に、優しく微笑んでから、言った。
「こんな引き裂かれそうな思い、律にさせられない」
律はきっと、ずっと、俺のこと好きだろう。
それはもう、決まってるから。
そんな律が、俺の結婚を知ったらどう思うか、答えは簡単だ。
こんな千切れる思い、律にはさせられない。
俺は、永遠に、律のことが好きだから。
きっとそれは、君も同じだろう。
そう思うだけで、救われる。
一途な思い。
あの花の誓いのように。
曖昧のまま。
完成された未来に、叫んでいた。
「律を、誰にも渡したくなかった」
完。