ベツレヘムの星の下
表札に『御木』と書かれた家の前で、勇介は自転車を止めた。携帯で『唯』の名前をスクロールで探す。着信履歴にすぐその名前は現れ、勇介はボタンを押した。
『―――勇介?』
呼び出し音のすぐ後、唯の声が携帯から響いた。
「おう、練習終わって、今、お前の家の前」
『本当?!』
窓からひょこっと唯の顔が見えた。唯は窓を開けると、小さく勇介の方に手を振った。
「風邪、大丈夫なのか?」
『うん、もう全然。本当は今日も行けたんだけど、英ちゃんが駄目って……とりあえず上がって』
「今からそっち行くから、厚着して待ってて」
『うん』
勇介は自転車を目立たないところへ移動させると、唯の部屋の前にある大きな木の下へ向かった。唯の部屋は御木家の端っこにあり、以前は慎司がその部屋を使っていた。慎司は夜中に家を脱出するときその木を利用していたので、木の上の方には掴みやすいように工夫までされている。この木の仕組みは慎司が直登に教えたもので、直登はそれをそのまま勇介に伝授した。
今では勇介が唯に会うときに使われ、重宝されている。
「お邪魔します」
「どーぞ。靴はこっちね、あと声は小さくね」
「言われなくても―…っていうか、お前平気なの?昼間絶対お見舞い来るなって言ってたから、風邪、酷いのかと思ってたのに」
唯は直登を部屋に入れると、用意してあった水を勇介に渡した。勇介はそれを受け取り勢いよく飲み干すと、唯の隣に座った。唯はパジャマにパーカーを羽織っていた。
「昼間のメールはね、英ちゃんが朝学校行くとき、あたしの顔見るなり、顔むくんでて酷いから勇介に見せられないなって言うから、絶対来ないでって送ったの。でも夕方鏡で見たらそうでもないなぁって。そしたら英ちゃんが、今朝のは嘘だたって言うし………なら勇介に会いたいと思って」
唯は勇介の顔を覗きこむと、眉根を寄せた。
「怒ってる?」
勇介は拍子抜けされ、唯の肩に手をやり顔を離すと、嘆息を吐いた。
「心配してたから、まぁ元気ならいいよ。それに、会いたいと思ってくれたこと、嬉しいし」
「毎日学校とかでも顔を合わせてたから、ちょっと会えないと寂しいもんだね。こういうの付き合ってるって感じするね」
「………それはこっちの台詞だよ」
「なんで?」
「なんでって…」
勇介は数々の唯とのエピソード思い出し、呆れた顔をした。
「付き合って半年、ずっと片思いのつもりでいたから……唯の方から会いたいって言ってもらえる日がくるとは」
「え、あたしそんなに愛情ない彼女だった?」
「やー…愛情っていうか、付き合って最初のイベントであるクリスマスも家族と過ごすって言うし、バレンタインのチョコは英司と同じだったし、あとはそうだな………慎司さんの靴のサイズと俺の靴のサイズ間違ってたり?」
「あ、あれは…」
唯はしどろもどろになって慌てた。勇介はそれを見て口元を緩めた。
「いや、いいんだけどね。慎司さんに対するそれは、ヤキモチだから」
「ヤキモチ…?」
「慎司さんとか英司とか、唯は家族に愛されてて大好きだから。俺は一生、慎司さんにヤキモチをやく覚悟で唯と付き合ってるし」
「………ごめんなさい」
唯は勇介の腕に掴まると、上目遣いで謝罪した。黒目がちなその瞳は、若干潤いを帯びている。勇介は『唯は子悪魔だな…』と思いながらも、それにはまってしまっている自分の愚かさを呪った。
勇介は唯が絡んでいない方の手で唯の頬を撫でると、そっと唯のオデコに唇を落とした。
「こっちこそごめん。慎司さんを好きなままでいいって言ったの俺なのに、ずっとネチネチと…」
「ううん、ちゃんと勇介だけになったって言ったのもあたしだもん。こっちこそ、ごめん」
「………」
「………」
「お互い謝っててもなんだしさ、違う話しない?」
「………うん、そだね」
ふたりは、目を合わせて笑い合った。
勇介と唯。『彼氏と彼女』の関係になったのは、半年前、ふたりが中学3年の夏だった。
出会ったのはずっと昔なのに、恋をしたのは勇介が中学1年のときで、唯が中学3年のとき。それまで、女の子に全く興味がなかった勇介と、慎司を好きだった唯は、近しい関係にありながら、お互いを知ろうと歩み寄ったことはなかった。
それが今、ふたりは仲むつましく微笑み合っている。
勇介と唯は『恋人つなぎ』で手を握りながら、肩を寄せ合った。唯の頭が、勇介の肩に寄りかかる。
「慎司さん、驚いてるかな…」
「どうかなー。お兄ちゃん、昔から勇介のことはお気に入りだったし、案外一番納得してくれたかも」
「まぁな、慎司さんは俺の憧れのひとだし、祝福はされたいな」
「ある意味、お兄ちゃんがきっかけだからね」
「でもさ、そうなったら慎司さん、俺のこと苛めそう」
「お兄ちゃんはそんなことしないよー」
「わっかんねぇぞ?お兄ちゃんって意外とヤキモチやくって、英司とか直登さんが―…って、ちょっと訊いていい?」
「?」
会話の途中で、勇介はあることを思い出した。つい聞き流してしまったが―――英司だ。
『―――勇介?』
呼び出し音のすぐ後、唯の声が携帯から響いた。
「おう、練習終わって、今、お前の家の前」
『本当?!』
窓からひょこっと唯の顔が見えた。唯は窓を開けると、小さく勇介の方に手を振った。
「風邪、大丈夫なのか?」
『うん、もう全然。本当は今日も行けたんだけど、英ちゃんが駄目って……とりあえず上がって』
「今からそっち行くから、厚着して待ってて」
『うん』
勇介は自転車を目立たないところへ移動させると、唯の部屋の前にある大きな木の下へ向かった。唯の部屋は御木家の端っこにあり、以前は慎司がその部屋を使っていた。慎司は夜中に家を脱出するときその木を利用していたので、木の上の方には掴みやすいように工夫までされている。この木の仕組みは慎司が直登に教えたもので、直登はそれをそのまま勇介に伝授した。
今では勇介が唯に会うときに使われ、重宝されている。
「お邪魔します」
「どーぞ。靴はこっちね、あと声は小さくね」
「言われなくても―…っていうか、お前平気なの?昼間絶対お見舞い来るなって言ってたから、風邪、酷いのかと思ってたのに」
唯は直登を部屋に入れると、用意してあった水を勇介に渡した。勇介はそれを受け取り勢いよく飲み干すと、唯の隣に座った。唯はパジャマにパーカーを羽織っていた。
「昼間のメールはね、英ちゃんが朝学校行くとき、あたしの顔見るなり、顔むくんでて酷いから勇介に見せられないなって言うから、絶対来ないでって送ったの。でも夕方鏡で見たらそうでもないなぁって。そしたら英ちゃんが、今朝のは嘘だたって言うし………なら勇介に会いたいと思って」
唯は勇介の顔を覗きこむと、眉根を寄せた。
「怒ってる?」
勇介は拍子抜けされ、唯の肩に手をやり顔を離すと、嘆息を吐いた。
「心配してたから、まぁ元気ならいいよ。それに、会いたいと思ってくれたこと、嬉しいし」
「毎日学校とかでも顔を合わせてたから、ちょっと会えないと寂しいもんだね。こういうの付き合ってるって感じするね」
「………それはこっちの台詞だよ」
「なんで?」
「なんでって…」
勇介は数々の唯とのエピソード思い出し、呆れた顔をした。
「付き合って半年、ずっと片思いのつもりでいたから……唯の方から会いたいって言ってもらえる日がくるとは」
「え、あたしそんなに愛情ない彼女だった?」
「やー…愛情っていうか、付き合って最初のイベントであるクリスマスも家族と過ごすって言うし、バレンタインのチョコは英司と同じだったし、あとはそうだな………慎司さんの靴のサイズと俺の靴のサイズ間違ってたり?」
「あ、あれは…」
唯はしどろもどろになって慌てた。勇介はそれを見て口元を緩めた。
「いや、いいんだけどね。慎司さんに対するそれは、ヤキモチだから」
「ヤキモチ…?」
「慎司さんとか英司とか、唯は家族に愛されてて大好きだから。俺は一生、慎司さんにヤキモチをやく覚悟で唯と付き合ってるし」
「………ごめんなさい」
唯は勇介の腕に掴まると、上目遣いで謝罪した。黒目がちなその瞳は、若干潤いを帯びている。勇介は『唯は子悪魔だな…』と思いながらも、それにはまってしまっている自分の愚かさを呪った。
勇介は唯が絡んでいない方の手で唯の頬を撫でると、そっと唯のオデコに唇を落とした。
「こっちこそごめん。慎司さんを好きなままでいいって言ったの俺なのに、ずっとネチネチと…」
「ううん、ちゃんと勇介だけになったって言ったのもあたしだもん。こっちこそ、ごめん」
「………」
「………」
「お互い謝っててもなんだしさ、違う話しない?」
「………うん、そだね」
ふたりは、目を合わせて笑い合った。
勇介と唯。『彼氏と彼女』の関係になったのは、半年前、ふたりが中学3年の夏だった。
出会ったのはずっと昔なのに、恋をしたのは勇介が中学1年のときで、唯が中学3年のとき。それまで、女の子に全く興味がなかった勇介と、慎司を好きだった唯は、近しい関係にありながら、お互いを知ろうと歩み寄ったことはなかった。
それが今、ふたりは仲むつましく微笑み合っている。
勇介と唯は『恋人つなぎ』で手を握りながら、肩を寄せ合った。唯の頭が、勇介の肩に寄りかかる。
「慎司さん、驚いてるかな…」
「どうかなー。お兄ちゃん、昔から勇介のことはお気に入りだったし、案外一番納得してくれたかも」
「まぁな、慎司さんは俺の憧れのひとだし、祝福はされたいな」
「ある意味、お兄ちゃんがきっかけだからね」
「でもさ、そうなったら慎司さん、俺のこと苛めそう」
「お兄ちゃんはそんなことしないよー」
「わっかんねぇぞ?お兄ちゃんって意外とヤキモチやくって、英司とか直登さんが―…って、ちょっと訊いていい?」
「?」
会話の途中で、勇介はあることを思い出した。つい聞き流してしまったが―――英司だ。