ベツレヘムの星の下
「―――さて、そろそろ帰るよ。唯も病み上がりだし」
「あ…そうだね、ごめんね、長々と…」
「いや、元気そうで安心した」
 勇介はパッと立ち上がると、顔を赤くしたまま帰る準備を始めた。この状況が耐えられなくなったのだ。唯もベッドで乱れた髪を戻しながら、赤くなった顔を必死にもどした。
「あ、勇介」
「んー?」
 靴を履き始めた勇介の背に、唯は声をかける。勇介は中腰のまま、唯の方を向いた。
「英ちゃんは多分、本当に一時的だから。英ちゃんには勇介以外、友達らしい友達いないし」
「それって、妹的推理?」
「ずっと英ちゃんと育ったんだもん。それくらいわかるよ。ひとりっこの勇介にはわかんないだろーけど」
「あれ、言ってないっけ?俺、実は兄弟いるよ」
「え?」
 唯は『初耳だよ』と、勇介に詰め寄った。
「いや、そんな面白い話じゃないけど…小さいときに両親離婚してるのは知ってるだろ?俺も最近知ったんだけど、母さんの方に姉ちゃんが引き取られてたんだって。この前、酔っ払った親父が教えてくれて、ちっこい頃の写真、見せてもらった」
「じゃあ勇介、お姉ちゃんいるんだ…」
「そーみたい。でもずっと離れて暮らしてたし、存在知ったのも最近だし、あんま実感ないんだよね」
「そーいうもん?たったひとりの兄弟に会ってみたいとか、そういうのないの?」
 勇介は数秒考えて、『あんまりないかな…』と唯に返した。
「御木家見てると兄弟っていいなって思うけど、俺、母さんにも会いたいと思ったことなかったし、案外その辺、冷めてるのかも…」
「それはひとそれぞれだと思うけど…」
 唯の表情が曇ったのがわかった勇介は、唯の頭をポンポンと叩き笑顔を向けた。
「ま、俺は今こうして唯と一緒にいられることが幸せだから」
「勇介…」
「じゃあ帰るわ。鍵、ちゃんと閉めとけよ」
「わかった。家着いたらメールしてね」
「はいほい。じゃあな、また明日」
「おやすみ」
 勇介は窓をまたがり、唯に手を振る。そしてそのまま、音を立てないよう注意しながら、木を降りていった。唯はいつものように勇介が無事に降りて自転車に乗るのを確認すると、静かに窓の鍵をかけた。
 唯は、自転車に乗って去っていく勇介の背中を見送りながら、カーテンを閉めた。
 
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