ベツレヘムの星の下
 御木慎司、高校2年生。
この夏行われたオリンピックで、高校生競泳選手としてメダルを獲得した。
オリンピック出場選手を決める選手権から、高校生という若い年齢と、アイドル顔負けの容姿は注目
が集まり、報道陣が慎司を囲った。しかも、見た目は軽く見えるくせに慎司は頭の回転もよくて、取材で答えるインタビューもしっかりとしていた。礼儀正しく、上品な笑顔が世間のお茶の間の話題をさらったのは言うまでもなく、ちょっとしたアイドル誕生だった。
 しかも慎司は家族を大事に思っていて、特に妹の唯を溺愛していた。
 泳ぎ終わって結果が良いと、唯はプールサイド付近までいって慎司を待ち、慎司は待っている唯を抱
き上げるのだ。その光景は昔から行われていて、競泳界では有名だった。もちろん、結果が悪いときは
その行事は行われず、唯は応援席にいる。結果が良いか悪いかの判断は唯次第なので、それを見るのも
周囲の楽しみだった。
 だが、メディアはそんなことを知らない。慎司のオリンピックが決まった瞬間、抱き合う唯と慎司
を大きく取り上げた。
『感動の兄弟愛!御木慎司、必至の猛攻!オリンピックの切符つかむ』
 その見出しがスポーツ新聞の一面を飾り、一躍、時の人となった。
 そうでなくても、慎司は近所では有名人で人気者だった。
 水泳は天才的に速かったし、塩素で痛んだ茶色の髪と元々のくせっ毛で、見た目もかっこいい。しか
も適度にオシャレときてる。いまどきの『モテてる男』という定義に、ばっちりあてはまるのである。
しかも、口を開けば冗談ばかりのくせに、頭の回転が早く下品なことは言わない聡明な青年でもあった。
 その上、慎司は家族思いで、弟や妹をとても可愛がった。妹の唯を溺愛しているのは有名な話だった
が、無口で社交性がない弟、英司のことも平等に可愛がり、時間が空けばいつも遊んでいた。
 普段は口にしないが、英司も唯も、兄が大好きで尊敬していた。
 どこから切っても憧れる要素ばかりの慎司。そんな偉大な兄を持つ、英司と唯。これからふたりには、
超えなくてはいけないものがたくさんあるような気がして、勇介は苦しくなった。
「大丈夫ですかね、ふたりとも…」
「英司はな、男だし、最初はきっと平気な顔するよ。きっと平気ではないんだろうけど、男はこういきとき辛くてさ、辛さを乗り越える強さがなきゃいけない。その点、英司は慎司の弟だし、芯は強い。時間が解決してくれるさ」
「それじゃあ、唯は…?」
「唯ちゃんは、正直わかんねぇな。そのうち報道されると思うから教えるけど、慎司と唯ちゃんは血がつながってないんだ」
「え?」
「慎司と英司は親父さんの子供で、奥さんが亡くなった後、唯ちゃんの母親と結婚した。多分、ふたりとも知ってるよ。だから唯ちゃんはさ、慎司が好きだったんじゃないかな。慎司も慎司で女にはモテたけど、ずっと一番優先させてきたのは唯ちゃんだったくらいだし…それにほら、世間では慎司の勝利の女神って言われてたじゃん、唯ちゃん。どっかで本当は兄弟じゃないって騒がれたら、ゲスな記事とか書かれるかかもしれない。女の子なのにさ、絶対傷つくよ」
「唯…」
 直登はポケットに入っていたジッポを取り出した。シルバーのボディに、『Y』の文字が削られていた。
「これは唯ちゃんから慎司への誕生日プレゼント。オリンピック決まってからと今は騒がれてるから我
慢してたみたいだけど、あいつ結構タバコ吸ってたからね。でもあいつのポケットからコレが出てき
たら親とか心配するしさ、俺が抜き取っといた」
「どうして、『Y』なんですか?」
「『YUI』の『Y』だよ。そんときはタバコ、吸わなかったのに、常にあいつが持っていたわけ、わかる?」
 勇介は首を横に振った。直登はだろうなという顔で、唇を持ち上げた。
「一種の指輪と一緒だよ。俺には、唯っていう大切な女がいるっていうね。そして、唯ちゃんもそれを
わかってて、あえて『Y』のジッポをやったんだ」
 それって…と勇介が言いかけた言葉を重ねるように、直登はもう片方のポケットから小さな箱を取り
出した。
「昨日出来たってお店からあいつの携帯に連絡入ったからさ、受け取りにいってきた」
 小さなその箱をあけると、そこには『S』の文字がキラキラと輝くピアスが飾られていた。普通の丸いピアスがふたつと、その『S』の形をしたピアスがひとつの、計3個のピアス。勇介は宝石に詳しくはなかったが、それが本物の輝きであるのはわかった。
「この『S』は慎司の『S』ですか?」
「そう、今から唯ちゃんへのクリスマスプレゼント用意してあったんだ。俺はその店に付き合ったんだけど、唯ちゃんが自分のイニシャルのジッポをくれるなら、俺はこれしかないって……あいつも中学入ってからピアス空けたしさ、唯ちゃんが最初にするピアスは自分があげたのがよかったみたいで」
「でもこれ、すげぇ高かったんじゃ…高校生に買えるんですか?」
「だからあいつはテレビや雑誌に大安売りしたんだよ。特にオリンピックから帰ってきてからは忙しかったからさ、取材依頼で。その収入でこっそり俺とこのピアス頼みに言ったんだ」
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