ベツレヘムの星の下
初めて聞かされた、尊敬する先輩と幼馴染の思いに、勇介は戸惑った。
 勇介も水泳をやっていて、慎司はそのスイミングスクールでは大先輩にあたった。いつも自分の遥か上をいく大スターで、天才とはこういうひとを言うのだと、近くで見てきて感じていた。それでも面倒見のいい慎司は勇介のことも後輩として可愛がったし、随分面倒も見てくれた。勇介にとって、慎司はお兄ちゃんのような存在でもあった。
 そして同じ年の慎司の妹、唯。英司とは深く親交があったので唯とも話したり遊んだりしたことはあったが、実は勇介にとって、唯は未知だった。
 慎司のように懐いていたわけでもなく、英司のように遊んできたわけでもない。御木3兄弟の中でも、一番交流のなかった存在なのだ。
 唯も唯で慎司がいるときは慎司にべったりだったし、特別勇介と距離を縮めようとはしてこなかった。
 小さい頃から知ってはいるが、幼馴染と呼んでいいものか微妙な位置にあった。
 ただ、確かにふたりは仲がよかった。兄弟ではないと直登に教えてもらって合点があった場面がたくさんあるほど、ふたりは『兄弟』というより『恋人』のようだった。
 慎司はどこまで本気で唯を好きだったのかわからないが、唯は間違いなく、慎司を好きだったと、勇介も確信した。
「直登さん…」
 勇介は、思った。
 戸惑いは拭えないが、迷いは消えないが、ひとつだけ思うことが勇介にはあった。
「あいつは、お兄ちゃんも、好きなひとも失ったってことですよね」
「そうだな。そうなるのかな」
「あいつ、この先、生きていけるんですか?―――慎司さん以上のものが、この世に、ありますか?」
「それはわかんねぇよ。英司もああだし、俺もそこまでは…」
「直登さん。そのピアス、俺に貸してもらっていいですか」
「え?」
 戸惑う直登に、勇介は真剣な顔で直登の肩をつかんだ。つい、肩には力が入る。
「俺が、唯に渡します。あいつを、救いたいんです」
「勇介…?」
 唯とは深く付き合ったことはなかった。知っているのは誕生日がギリギリで、あとは相当のブラコンということと、滅多に笑わないが、笑うと可愛いということくらいだ。
「俺はあいつがいつまでも泣いてるの、嫌なんです」
 勇介は不思議だった。どうしてこんな言葉が出たのか。
 でもその言葉には大きな決意があって、勇介は曲げる気はなかった。その気迫に負けたのか、勇介に賭けてみようと思ったのか、直登はピアスの入った箱をそっと勇介に渡した。
「頼むな、勇介」
「はい、いってきます」
 と言って、勇介は慎司の傍で泣き叫ぶ唯のところへ走っていった。
 それを見送る直登に、ずっと黙っていた浅海は小さく呟いた。
「妹さんは彼が救ってくれるんでしょうけど、弟くんは誰が救ってくれるのかしら…」
 その視線の先には、歯を食いしばり泣くのを耐えながら弔問客にお辞儀をする英司がいた。

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