ベツレヘムの星の下
そのとき、勇介の携帯からミスチルが流れた。その曲は唯の好きな曲で、よくカラオケなどで勇介や英司が歌わされていた。
「唯ちゃんだろ?いつもの手使って、こっそり会いにいってこいよ」
「でもあいつ今日、風邪で学校休んでて…」
「ああ、それで浅海の機嫌がマックスに悪いのか」
「はい、何でも、唯が風邪だから英司がすっ飛んで帰ったって…」
「そこは『彼氏』じゃなくて『家族』の領域だもんな。英司、真っ直ぐ帰るわな。あー…はいはい、浅海のアレは、コレも絡んでるわけね。今日は浅海優先にして正解だったな」
「なんか…すみません、いつまでも俺たち、直登さんに迷惑かけっぱなしで…」
「いいって。慎司が可愛がってた弟たちを俺が無碍にできないだろ?」
そう言って直登は立ち上がり、持っていた写真をパソコンの前に放った。勇介もそれを合図に立ち上がると、ポケットの携帯に目を通した。やはり唯からのメールだった。
メールには、風邪は治ったので明日は学校に行くということと、窓の鍵を開けておくので練習が終わって余裕あったら会いに来てという内容だった。そのメールを見て、勇介は頬を赤くした。
「今日も木登りか?英司と親父さんには絶対バレるなよ」
「それ知ってるの提案者の直登さんと唯だけなんですからね、秘密ですよ」
「わーってるよ。ま、落ちて怪我だけはするなよ」
直登はまた、勇介の頭を撫でた。ふたりの身長差は、3年前の慎司の葬儀のときから随分変わっていた。
「夜中、こっそり好きなひとに会いにいくって発想は、慎司と一緒だぜ。って言っても、慎司のはスケベ心でだけどな」
「俺は唯にこっそり会いに行ける方法はないかって考えただけで、木を使って窓からはいるって提案したのは直登さんですよ」
「そ、慎司直伝だったから勇介もできると思って。慎司は高校生になってたけど、お前まだ中学生だったっけ?今思うと、ちょっとすげぇ冒険だよな。見つかったらアウトだし」
「直登さん!」
直登が提案した唯に会うための『いつもの手』は、夜中、唯の部屋に窓から侵入することだった。もちろん、唯からの誘いがないときはそんな半分泥棒のようなこと勇介もしないが、誰にも邪魔されず唯に会える方法として、勇介も気に入っていた。唯に会うまでは人目を気にして木を登らないといけないが、やり始めた当初は中学生で腕力もなく身長もなかったのに対し、高校生になった今は力もつき身長もある。今は昔ほど苦労することはなかった。
「でも、知ってるか、勇介」
「なんですか?」
「ロミオは16歳のとき、ジュリエットに会いに壁を越えたんだ。今のお前と、同じ年だ」
「………?…」
勇介の頭に疑問符が泳ぐと、直登は満足げに言った。
「お前は中2のとき、14歳でそれをやってのけた。あの有名な、シェークスピアの世界に勝ったんだよ」
「それが、何か…?」
まだわかっていない勇介に、直登は付け加えた。
「つまり、あの名作よりも、お前の愛は強かったって話だ。もっと自信持てよ。唯ちゃんと付き合うまで、お前は頑張ってたって」
「直登さん…」
やっと直登の言いたいことが伝わった勇介は、直登に明るい笑顔を見せた。直登はその顔を見て、よしよしと更に優しく微笑んだ。
「さ、もう練習の時間だろ。俺も浅海迎えに外出るついでに、送るよ」
「え、あ、ありがとうございます。でも…」
「浅海のやつ、買い物終わってもそこの公園で待ってるんだ。英司のときもそうだけど、俺に客が来て、そいつが俺と話をしたいときは席を外して、終わるまでその公園で待ってるの」
「マジっすか」
「意外だろ?」
浅海の意外な素顔に、勇介は驚くしかできなかった。
「ま、あいつは俺が器用な分、本当に不器用でね。……一緒に出ようぜ、ちょっと待ってて」
直登は寝室にもどり携帯を取ってくると、部屋を出る準備を始めた。勇介は飲んでいたペットボトルを冷蔵庫にもどすと、『これ、また飲みにきます。今度はお礼に』と、直登に言った。直登は『おう』とだけ返すと、付けっぱなしになっていたパソコンの画面を消した。
そのとき、マウスの横に置いてあった携帯がガシャンと落ちた。黒のドコモに、ストラップは、キレイなガラスが付いている鈴だった。直登はそれを拾うと、マウスの横にもどした。
「携帯、ふたつ持ってるんですか?」
「いや、忘れ物。ってか、預かり物かな」
「古い機種ですよね。3,4年前でしょ、それ。俺が最初に携帯持ったとき、それと迷ったんですよ」
「まぁ、もういいじゃねぇか。それより、そろそろ出るぞ」
「はい!お邪魔しました」
勇介は直登に続き、玄関を出た。
携帯の時計を見ると、練習の時間にも丁度いい。しかし、思っていたより長居してしまったことに気づき、勇介は慌てて直登に詰め寄った。
「直登さん!絶対、浅海買い物終わってますよね。俺、浅海に謝ってから練習行きます!」
「や、浅海にはそれ逆効果だから。気持ちだけもらっとくよ」
「でも……半分追い出したみたいだし、それに、あんなお兄ちゃんっ子なのに俺たちが直登さんに懐いてばかりいたら、絶対嫌ですよね。今だって、直登さん待ってる間、ずっと心細いと思うし…」
勇介は真剣な顔で、直登に訴えた。直登はその真っ直ぐな瞳に親友を思い出しながら、首を横に振った。
「参ったな、そういうとこまで似てると……俺もあいつには弱いんだ」
「え?」
「いや、なんでもない。………お前は優しいな。あんな言われ方したのに、浅海のことそこまで考えられるってのは、器が相当でかい証拠だよ」
「はぐらかさないで下さい!俺は真面目に…」
「はぐらかしてないよ。その気持ちは浅海にちゃんと伝えとくから、今日は練習行けよ」
「でも…」
「英司のどこに惚れたのか知らねぇけど、あいつはずっと英司一筋なんだ。だからさ、英司の敵は自分の敵って感じでお前のことも威嚇してるから、今はまた、お前に嫌な思いさせちまう。お前は、唯ちゃんと……英司のことだけ考えてればいいから」
「………直登さんが、そう言うなら…」
「ああ、お前の気持ち、嬉しかったよ。また遊びに来い」
漸く折れた勇介に、直登は左手をかざした。左手には、高そうな時計が飾られていた。
「プラス、水泳な。練習の時間過ぎちゃうぜ?」
「あ!!やっべっ!」
「じゃあな、練習頑張れよ」
「はい!今日はありがとーございました!」
直登は手だけをヒラヒラ振ると、バイバイという合図を送った。その光景は見覚えがあった。すぐにそれがさっき英司のしていた行動だと思い出し、英司が直登の真似をしたのだとわかった。
それが少し可笑しくて、勇介は小さく笑った。
「唯ちゃんだろ?いつもの手使って、こっそり会いにいってこいよ」
「でもあいつ今日、風邪で学校休んでて…」
「ああ、それで浅海の機嫌がマックスに悪いのか」
「はい、何でも、唯が風邪だから英司がすっ飛んで帰ったって…」
「そこは『彼氏』じゃなくて『家族』の領域だもんな。英司、真っ直ぐ帰るわな。あー…はいはい、浅海のアレは、コレも絡んでるわけね。今日は浅海優先にして正解だったな」
「なんか…すみません、いつまでも俺たち、直登さんに迷惑かけっぱなしで…」
「いいって。慎司が可愛がってた弟たちを俺が無碍にできないだろ?」
そう言って直登は立ち上がり、持っていた写真をパソコンの前に放った。勇介もそれを合図に立ち上がると、ポケットの携帯に目を通した。やはり唯からのメールだった。
メールには、風邪は治ったので明日は学校に行くということと、窓の鍵を開けておくので練習が終わって余裕あったら会いに来てという内容だった。そのメールを見て、勇介は頬を赤くした。
「今日も木登りか?英司と親父さんには絶対バレるなよ」
「それ知ってるの提案者の直登さんと唯だけなんですからね、秘密ですよ」
「わーってるよ。ま、落ちて怪我だけはするなよ」
直登はまた、勇介の頭を撫でた。ふたりの身長差は、3年前の慎司の葬儀のときから随分変わっていた。
「夜中、こっそり好きなひとに会いにいくって発想は、慎司と一緒だぜ。って言っても、慎司のはスケベ心でだけどな」
「俺は唯にこっそり会いに行ける方法はないかって考えただけで、木を使って窓からはいるって提案したのは直登さんですよ」
「そ、慎司直伝だったから勇介もできると思って。慎司は高校生になってたけど、お前まだ中学生だったっけ?今思うと、ちょっとすげぇ冒険だよな。見つかったらアウトだし」
「直登さん!」
直登が提案した唯に会うための『いつもの手』は、夜中、唯の部屋に窓から侵入することだった。もちろん、唯からの誘いがないときはそんな半分泥棒のようなこと勇介もしないが、誰にも邪魔されず唯に会える方法として、勇介も気に入っていた。唯に会うまでは人目を気にして木を登らないといけないが、やり始めた当初は中学生で腕力もなく身長もなかったのに対し、高校生になった今は力もつき身長もある。今は昔ほど苦労することはなかった。
「でも、知ってるか、勇介」
「なんですか?」
「ロミオは16歳のとき、ジュリエットに会いに壁を越えたんだ。今のお前と、同じ年だ」
「………?…」
勇介の頭に疑問符が泳ぐと、直登は満足げに言った。
「お前は中2のとき、14歳でそれをやってのけた。あの有名な、シェークスピアの世界に勝ったんだよ」
「それが、何か…?」
まだわかっていない勇介に、直登は付け加えた。
「つまり、あの名作よりも、お前の愛は強かったって話だ。もっと自信持てよ。唯ちゃんと付き合うまで、お前は頑張ってたって」
「直登さん…」
やっと直登の言いたいことが伝わった勇介は、直登に明るい笑顔を見せた。直登はその顔を見て、よしよしと更に優しく微笑んだ。
「さ、もう練習の時間だろ。俺も浅海迎えに外出るついでに、送るよ」
「え、あ、ありがとうございます。でも…」
「浅海のやつ、買い物終わってもそこの公園で待ってるんだ。英司のときもそうだけど、俺に客が来て、そいつが俺と話をしたいときは席を外して、終わるまでその公園で待ってるの」
「マジっすか」
「意外だろ?」
浅海の意外な素顔に、勇介は驚くしかできなかった。
「ま、あいつは俺が器用な分、本当に不器用でね。……一緒に出ようぜ、ちょっと待ってて」
直登は寝室にもどり携帯を取ってくると、部屋を出る準備を始めた。勇介は飲んでいたペットボトルを冷蔵庫にもどすと、『これ、また飲みにきます。今度はお礼に』と、直登に言った。直登は『おう』とだけ返すと、付けっぱなしになっていたパソコンの画面を消した。
そのとき、マウスの横に置いてあった携帯がガシャンと落ちた。黒のドコモに、ストラップは、キレイなガラスが付いている鈴だった。直登はそれを拾うと、マウスの横にもどした。
「携帯、ふたつ持ってるんですか?」
「いや、忘れ物。ってか、預かり物かな」
「古い機種ですよね。3,4年前でしょ、それ。俺が最初に携帯持ったとき、それと迷ったんですよ」
「まぁ、もういいじゃねぇか。それより、そろそろ出るぞ」
「はい!お邪魔しました」
勇介は直登に続き、玄関を出た。
携帯の時計を見ると、練習の時間にも丁度いい。しかし、思っていたより長居してしまったことに気づき、勇介は慌てて直登に詰め寄った。
「直登さん!絶対、浅海買い物終わってますよね。俺、浅海に謝ってから練習行きます!」
「や、浅海にはそれ逆効果だから。気持ちだけもらっとくよ」
「でも……半分追い出したみたいだし、それに、あんなお兄ちゃんっ子なのに俺たちが直登さんに懐いてばかりいたら、絶対嫌ですよね。今だって、直登さん待ってる間、ずっと心細いと思うし…」
勇介は真剣な顔で、直登に訴えた。直登はその真っ直ぐな瞳に親友を思い出しながら、首を横に振った。
「参ったな、そういうとこまで似てると……俺もあいつには弱いんだ」
「え?」
「いや、なんでもない。………お前は優しいな。あんな言われ方したのに、浅海のことそこまで考えられるってのは、器が相当でかい証拠だよ」
「はぐらかさないで下さい!俺は真面目に…」
「はぐらかしてないよ。その気持ちは浅海にちゃんと伝えとくから、今日は練習行けよ」
「でも…」
「英司のどこに惚れたのか知らねぇけど、あいつはずっと英司一筋なんだ。だからさ、英司の敵は自分の敵って感じでお前のことも威嚇してるから、今はまた、お前に嫌な思いさせちまう。お前は、唯ちゃんと……英司のことだけ考えてればいいから」
「………直登さんが、そう言うなら…」
「ああ、お前の気持ち、嬉しかったよ。また遊びに来い」
漸く折れた勇介に、直登は左手をかざした。左手には、高そうな時計が飾られていた。
「プラス、水泳な。練習の時間過ぎちゃうぜ?」
「あ!!やっべっ!」
「じゃあな、練習頑張れよ」
「はい!今日はありがとーございました!」
直登は手だけをヒラヒラ振ると、バイバイという合図を送った。その光景は見覚えがあった。すぐにそれがさっき英司のしていた行動だと思い出し、英司が直登の真似をしたのだとわかった。
それが少し可笑しくて、勇介は小さく笑った。