うつりというもの
「山科聡子(やましなさとこ)と言います」

掛け軸の掛かっている20畳はあるかという座敷に通されて、みんなが大きな座卓の周りに座ったところでその老女が言った。

「私は先ほども名乗らせていただきましたが、東京の東武蔵大学の教授で園山と言います。こちらが娘で同じく講師の季世恵と、教え子の渕上君と松山君です」

教授がみんなを紹介した。

「どうぞよろしくお願いします」

遥香があらためて言った。

「失礼します」

そう言って50代くらいの痩せた女性が襖を開けてお茶を運んできた。

「娘の晶子です」

「遠いところ、よくお越しくださいました」

その格好はやはり農作業をしていたという感じだった。

「いやあ、突然押し掛けてしまい恐縮です」

教授が頭を下げた。

「いえ、いいんですよ。昼間は私と娘だけですから、お客さんは嬉しいものです」

「そうですか」

教授は微笑んで答えた。

「あ、晶子。例の絵を蔵から持ってきてくれるかい?」

「はい」

その物静かな娘は素直に、絵を取りに行った。

「さっきもおっしゃってましたが、前に旅の途中で泊まった学生さんから聞いたということですね」

「ええ、直接会ったわけではありません。私達がうつりについての情報を求めていたらここを教えてくれただけなので」

教授が言った。

「そうですか。いろいろこの土地の事を話していたら、ふと思い出して、あの絵を学生さんに見せたんですよね。やっぱり怖いって言ってましたねぇ」

「そのうつりという妖怪というか物の怪というか、何か知ってることはありますか?」

教授があらためて聞いた。

「残念ながら、知っているのは、あの絵に描かれているそんな妖怪がいるという事だけです。ただ、描かれている状況から、人を死なせる妖怪なんだなとは思ってました」

「人を死なせる?」

「ええ、見てもらえば分かります」

そこへ、丁度晶子が戻ってきた。
< 102 / 190 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop