うつりというもの
世田谷慶成会病院


「じゃあ、ちょっと行ってきます」

「うん、よろしく」

看護師の田島理恵は、夜中の巡回のため先輩の三村弘美に声を掛けると、後ろで縛った髪を整えながらナースステーションを出た。

ここ、世田谷慶成会病院は、世田谷区のほぼ真ん中に有る区内で一番大きな総合病院で、12階建ての建物だった。

その6階から8階までが理恵が担当する内科病棟だった。


ほぼ真っ暗な廊下を懐中電灯の明かりで照らしながら、それぞれの部屋を見て回った。

彼女は6階の見回りを終えて、7階へ階段を上がった。

階段室は明かりが点いている。

7階へのドアを開けると、目の前には真っ暗な廊下があった。

その廊下に踏み出す時があまり好きではなかった。

先輩達は結構そういうものを見ていたから、理恵は霊感がなくてよかったと思っていた。

廊下に出て左右を見た。

非常口の表示灯くらいで、ほぼ真っ暗で静かな廊下が続いている。

「さて、さっさと回ろうっと」

理恵は、左側の部屋から回り始めた。

そして、一部屋目を確認して、廊下に出てきた時だった。

目の前に髪の長い女性がいた。

「ひっ!」

理恵は悲鳴を上げかけて、すぐに口を押さえた。

「び、びっくりした…あの、どなたですか?」

その女性の格好を見ようと視線を下に下げると、声にならない悲鳴を上げた。

身体が無かった。

目の前に黒い靄がかかった様な顔だけが浮かんで理恵を虚ろに見ていた。

その直後、暗い廊下に、ごとっという音が響いた。
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