うつりというもの
山科家


「博子、大したことなくてほんと良かったわ」

「ほんとに」

聡子と晶子は、病院から帰って来たところだった。

玄関のところの電話を見た時、聡子はふと思い出した。

「あ、園山さんに電話するの忘れてたわ。まだいらっしゃるかしら」

時計を見るともう19時を回っていた。

聡子は、電話台の下の電話帳に挟んでいた教授の名刺を取り出して架けてみた。


その電話が鳴った時、教授は一人でまだ研究室にいた。

『山形の山科です』

「ああ、その節は大変お世話になりました。どうかされましたか」

『実は、ご覧いただいたうつりの絵なんですが…』

「はい」

『左側が切れていました』

「どういうことです?」

『あれは絵の右半分だけだったということです。娘が蔵を片付けていてその左半分を見つけました』

「どんな絵ですか?」

聡子の答えは、教授を戸惑わせた。

頭ではその絵の意味が分からなかったのだ。

「すみません。ケータイで写真撮って送ってもらえないでしょうか?」

『分かりました。私はよく分からないので娘に代わりますね』

そう言って聡子は晶子を呼んで代わった。


教授は晶子がスマホだと言うので、スキャナアプリを教えてそれで取り込んだ後、研究室のアドレスに送ってもらった。

晶子が慣れないことで手間取ったのか、メールが届くまで少し時間が掛かった。

メールが届くと、教授はすぐにその画像ファイルを見てみた。


「これは、まさか…」

教授は、画像編集ソフトで、右側の絵と左側の絵を一つに合成した。

その一つになった画像を教授はプリントアウトした。

それをテーブルの上に広げた。

そこではっきりと『うつりというもの』の意味が分かった。

その左側の絵がなければ完全に勘違いをするものだった。


「そういうことだったのか…」

その絵の意味する事に教授は驚愕した。

「これが、本当の正体か…」

教授は、一度上を見上げて、呆然としていた。

もう一度絵を見た。

「でも、そうか…、そういうことか…」

『うつりは悪気がない』という言葉の意味が分かった気がしていた。


「だが、そうすると、今までの事はどういうことなんだ?」

教授はその事実に戸惑っていた。
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