うつりというもの
17年前 渕上家


朝方はそうでもなかったが、予報どおり激しい雨になった窓の外を、渕上小百合は見ていた。

このままだと午後は休校になるかと思われた。

娘は世田谷区にある私立の小学校に通っていたが、家からは近かった。

だが、まだ小4なので心配だった。

小百合が一応娘のお迎えに出掛ける準備をしていると、やはり連絡網の電話が掛かってきた。

親の迎えが来次第、各自下校との事だった。


小百合は雨具を着て長靴を履き、娘の雨具も持って、学校に向かった。

雨は激しいが、風はそうでもなく、傘は差していられた。

雨で煙った視界の中、小百合は野川に架かる橋に差し掛かった。

今まで見た事がないくらい、かなり増水していた。

その橋を渡っていると、真ん中辺りに小さな女の子が傘も差さずにボールを持ったまま立っているのが見えた。

どう見ても4、5才に見えた。

「あなた、どこの子?」

小百合は心配になって、傘を差し掛けながら、声を掛けた。

でも、その子は小百合をじっと見つめたままで、手を右から左に動かした。

少し前屈みになっていた小百合の首はゆっくりズレてその身体から落ちた。

そしてそれは、女の子の腕の中に収まった。

小百合の身体には、代わりに別の首がすうっと載った。

女の子が、抱き抱えた小百合の顔を見つめていると、別人の顔になった小百合の身体がゆらりと倒れて、橋の欄干から暴れる水面に落ちていった。

女の子は、それをただ見ていた。

身体を得た瞬間に、その目的は達していると思っていた。

女の子は、新しく胸に抱いた首を優しく抱き締め、

「今度はおまえの身体を探してあげようぞ」

と言った。

そして、激しい雨の中、その姿は見えなくなった。


娘の遥香は、教室で、来ることのない母を待ち続けていた。
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