うつりというもの
第3章
8月 世田谷西署


渕上遥香は、その後の捜査の進展が気になったのと、赤井に父の事のお礼を言いたくて世田谷西署を訪ねた。


「あ、渕上さん!」

自販機コーナーに行こうとした三田村が、ちょうど署内に入ってきた遥香に気が付いて、なぜか嬉しそうに駆け寄ってきた。

「こんにちは」

遥香は戸惑いながらも軽く頭を下げた。

「えっと、どうかしたんですか?」

三田村はやっぱり満面の笑顔で聞いてきた。

「あ、ああ…、えっと、その後の進展が何かあったかな?と思って、ちょっと聞きに来ました」

遥香は少し後ろに下がり気味に答えた。

「ああ、そういうことですか。すみません。まだ何も…」

「そっか。そうなんですね。わかりました。お邪魔しちゃ悪いので帰りますね」

遥香はこの雰囲気から逃げようと、軽く頭を下げて帰ろうとした。

「あ、ちょ、ちょっと待って…」

「はい?」

遥香は呼び止められて仕方なく振り向いた。

「あ、えっと…」

三田村は少し困った様に目を泳がせていた。

「三田村さん?」

遥香が少し覗き込むような仕草をした。

「あ!そ、そうだ。実は…」

三田村は軽く手をポンと叩くと、周りを気にしながら、「ちょっとこっちへ」と小声で遥香を手招きして、すぐ横にある応接室に入った。


「どうしたんですか?」

遥香は三田村の向かいに座ると、彼の雰囲気に合わせて小声で聞いた。

「うん、まあ…、どうしようかなぁ」

話そうとしたのはいいが、やっぱりマズイかぁという感じで三田村が頭を掻いた。

「言ってください。私、誰にも言いません」

遥香は、話すのを促そうと真面目な顔をした。

「いや、やっぱまずいか…」

言い掛けておいて、三田村は本当に躊躇している風でもあった。

遥香は、実際、警察が何か隠しているとは思っていたので気になった。

遥香は、思い切って、三田村の手を両手で握った。

そして、

「言ってください」

と、さらに真面目な顔で言った。

「あ、う、うん!言うね!」

三田村は手を握られた瞬間真っ赤な顔になって、もうタガが外れた。
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