うつりというもの
「お父さんったら…」

季世恵が洞穴の方を見て腰に手を当てていた。

遥香も行ってみたいとは思っていたが、この空気の重さと、鳥肌が立って身体中が騒つく感じはこれまでになかったくらい強かった。

遥香は、側の岩に座り、自分を抱き締める様に身体を丸めて耐えていた。

でも、それが、ふっとなくなった。

ふと気が付くと、視界の中に黒い靴を履いた女の子の足が見えた。

顔を上げると、目の前にあの女の子が立っていた。

季世恵さんは向こうを見ていて気が付いていない。

「身体がない人たちがたくさんいるよ」

女の子が言った。

「あなた、しゃべれるんだ…で、やっぱり?」

遥香は溜め息を吐いた。

「あそこに行きたいの?」

女の子が遥香の顔を覗き込むように言った。

「あ、…うん」

「じゃあ、一緒に行ってあげる」

「ほんと?」

女の子は頷いた。

「ありがとう」

遥香がそういうと、女の子はちょこちょこと駆けて行った。


「季世恵さん、私も行きます」

「え?大丈夫なの」

「ええ、もう」

遥香は女の子を追って行こうとしたが、季世恵は躊躇していた。

「季世恵さん、もう霊はいなくなったみたいなので、大丈夫ですよ」

「あ、でも、やっぱり…」

「じゃあ、私は行きますけど、ここに独りでいて大丈夫ですか?」

「あ…」

遥香の言葉であらためて薄暗い周りを見回して、

「やっぱり行くわ」

と、慌てて付いてきた。

遥香はくすっと笑うと、女の子を追った。


感じていた霊の気配が「霊が周りにいるから」ではないと遥香は思っていた。

あれだけの強い気なら霊も見えているはずだった。

それが一人の霊も見えなかったし、それでという訳でもなく、あの洞穴からのものだとはっきり分かるくらい感じていた。

あの洞穴からここまで届く強い気。

それが、あの子が現れて押し戻された。

多分、あの女の子の方が霊格が高い。

だから、あの感覚もこないのだろうと遥香は思った。
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