God bless you!~第3話「その価値、1386円なり」
〝アキちゃんと♪〟
こうなったら。
俺はさっそく、浅枝と、今日は彼女と何の予定も無いというノリを巻き込んで、お馴染みの〝右川亭〟にやってきた。
お馴染みの肉てんこ盛り定食と、サービスだと出されたギョウザを、ノリと2人で奪い合うように喰らっている。ちょうど雨が降り出したせいで、現在お客は、俺とノリ、浅枝の3人しか居なかった。
いつものように、右川は店主の山下さんの背後で何やら洗ったり刻んだり、忙しそうに立ち回っている。不意に近づいてきて、
「あんたさ、どういうつもり?」
俺だけに聞こえるようにチッと舌打ちした。
「あんたが自分から此処に来ちゃったら、約束の意味が無いじゃん」
「って、俺と口利いていいのか」
さっそく自分から口を利いて約束を破ったのはおまえだと、チビを撃沈。大体、あれを約束と言えるのか。一方的に右川が仕切って、勝手に決めたというだけの事。俺は了解した覚えは無い。
「とにかく、あんたはもう2度と店に来ないで」
途端、右川は、山下さんからゴチン!とげんこつを喰らった。
「お客さんに向かってそんな言い方があるか」
山下さんに叱られて、右川は、さっきどころじゃない撃沈を見せている。
いい気味だ。
浅枝は、サービスだとアイスをもらったようで、「今日はツイてるなぁ」と嬉しそうに笑う。ちょうど食べ終わった頃という事もあってか、「いいなぁ」と、ノリが羨ましそうに眺めていると、「じゃ、ノリくんにもあげる。ガリガリくん♪」と、右川は1本手渡した。
「俺のは?」
突っ込むと、「はい」と素直に1本出してきたが、「100円ですけど」と、すぐに引っ込める。山下さんが、またゲンコツでチビを諌めて、「ごめんね。こいつ、可愛げが無いから」と、アイスを俺に渡してくれた。(知ってます)
3人でアイスを食べながら、「部長さん達って、みんな生徒会にタカって来るんですよぉ」と、生徒会3カ月目の浅枝がタレ流す〝生徒会愚痴あるある〟を聞いていた。
アイスを食べ終わると、俺のスティックに〝1本当たり〟の文字があって、おお~!とノリや浅枝、山下さんに讃えられたりなんかしたら……数学で最高得点を取った時より自然に笑えた事が、不思議と言えば不思議だな。
「俺って、今日ツイてんのかな」
気を良くしたそこに浅枝が、
「そうですよぉ、沢村先輩、その勢いで来年、会長やっちゃってくださいよぉ」
「まさかアイスで酔っぱらったのか」
そう信じて疑わない様子で、浅枝はフラフラと笑い出した。
「そうだよ。洋士、やんなよ」
加勢したノリは、「僕は外れちゃった」と、呟いてスティックを皿に置く。
「生徒会か。懐かしいな、そんな響きが」
山下さんは遠い目をして、「うん。沢村くんにはそんな雰囲気があるよ。いいんじゃない?」
そんな事言われちゃったら。それも山下さんに。妙に照れ臭くなってきて、「いや、俺なんか無理っていうか」と言いながらも、終始、頬が緩んだ。
「そうだよぉぉぉ。会長やんなよぉぉぉ。きっと楽ぁーのしーよぉぉぉ♪」
無視を決め込んでいたはずの右川が、そこだけ急に笑顔で入ってくる。
俺はピンと来た。
右川は決して、心から会長職を愉快だと信じて、俺に薦めている訳ではない。
万が一、会長なんかになってしまったら、受験という状況も絡んで、今以上に忙しくなるだろう。そうなれば、たかがチビの事情に構っている余裕は無くなり、こうして、この店にやって来る事も無いだろうと……俺という邪魔者を追い払うために手っ取り早く雑用を宛がっただけの事だ。
それが手に取るように分かった。
そうは行くか!
「そんなに楽しい事なら、おまえがやれば」
「は?どちらさん?出口はあちらですぅぅぅ♪」
「兄貴もやってたんだし。おまえだってどうにか出来んだろ」
そこで浅枝が、「そうですよぉ、右川先輩、やったらどうですかぁ~?」と、やっぱり酔っ払っているのかと信じ込んでしまうほど、マジで右川にやらせる勢いで割り込んできた。
……さっきまで俺にやれとか言ってたくせに。
ちゃっかり転びやがったな。
山下さんはにやりと笑って、「そうだなぁ。カズミもいっちょ、頑張ってみるか」
「嫌だ嫌だ!絶対、嫌だっ!面倒くさいもん。ツマんない。絶対に嫌」
「さっきまで、きっと楽しいよ♪とか言ってたじゃないですかぁ~」
いいぞ、浅枝。
「あたしはドMじゃないから、そういうプレイは無理。暇じゃないから、学校と遊ぶ時間なんて無いの」
現役執行部を目の前に、なんて言い種だ。
「こんな、いい加減な人間じゃ、やれそうにないか」
山下さんが呆れて苦笑いすると、「大丈夫ですよ。洋士が補佐しますから」と、ノリが俺の肩を叩く。
「そうっすね。ま、選挙の応援とか、色々と難しい事は協力しますよ」
俺はとりあえず、余裕で応じた。
白状しよう。〝頼れる同級生〟という自分を演じて、尊敬する山下さんに一目置いて貰いたかった!
「さっすが。シビれるね」
山下さんは親指を突き出して讃えてくれる。俺も、それに応えた。
そんな俺に対抗するかのように右川は、「ねぇアキちゃん」と、甘えたような声色で、山下さんの隣に貼り付くと、その腕を取り、何やら耳打ちする。
どう見ても、まるで親子にしか見えないけど。
そんな2人の背後の壁に掛っているカレンダーが、ふと目についた。
来週の水曜日。右川亭の定休日。
赤ペンで、花丸二重丸。
〝アキちゃんと♪〟
どこか見覚えのあるチケットが、そのカレンダーに留めてある。
ピンと来た。いつかの映画。さっそく使い回しなのか。
俺がどんな思いであれを返したのか、それが全く伝わっていない。思いがけずチケットが手元に残ってラッキー♪と幸運に浸っているんだろう。何でも都合良く行くと思ったら、大間違いだからな。
こっちは撃沈を覚悟で、右川が1番困る事をしてやる。
俺は肩を膨らませるように、1度、深呼吸した。
「そう言えば、右川さん」
右川に、さん付け。地獄のプロローグだ。思い知れ。
「こないだの、結局あいつとはどうなったの?」
「は?」と、右川は目を剥いた。
「確か、俺と同じぐらい背の高いヤツで」と、額に手を当てて、「こんぐらいだったかな。そいつ」と、リアル感を演出してみる。
「は?何?意味分かんないんですけど」
まだまだ薄っすらと笑える余裕が、右川にはあるようで。俺は脅迫の手を緩めない。
「あん時、そいつから映画のチケット貰った?ジョニー・デップの最新作。ちょうど俺も行きたいなーと思ってたから、やけに記憶に残ってんだよね」
これで真実味が増すだろ。
山下さんが、「へぇ」と頷きながら、「カズミにそんなのが居たのか」と、満足そうな笑みを浮かべる。
山下さんはカレンダーをチラ見、右川にも目配せして、
「そういう事なら、あのチケットは持ち主に返さなきゃ。2人で楽しんで来い」
途端に、右川の目の色が変わった。
「それあたしじゃない!」
「いや、右川さんだった。確実」
「あんた目つきも悪いけど視力も落ちたんじゃないの?!」
もじゃもじゃ頭をブルブルと震わせながら、右川は食ってかかる。
「え?誰?それって僕も知ってる?クラスに居るの?」
ノリが興味深々で割り込んでくる。
「それって、わたしにも分かる人ですか?」
浅枝も黙っていない。
「それがさ、見た所、先輩でも1年でもなくて。多分2年生だと思うんだけど」
「は?誰の事言ってんの?全然分かんないんですけどッ!」
「そう。俺も全然分からないんだよ。そいつとは1度も喋った事が無いから。俺らなんかとは種類の違うグループで。何処のクラスかな?みたいな女子……じゃなくって、男子だな」
「ウソだ!こいつ、ウソついてる!」
「いやー、今日も2人でくっついて楽しそうにしてるから、俺てっきり固まったのかと」
「あ……」と、声を発したきり、そこで右川は絶句してしまった。
否定すればするほど、今は隠しておきたいと思うほど真剣で現在進行形の相手が居ると取られてしまう。そんな周囲の視線に気付いて、ぷるぷると震えながらも握りこぶしをギュッと硬くとじて、右川は本日3度目の撃沈状態に陥った。とうとう山下さんからは、「明日から店の手伝いはいいから。放課後は映画でも何でも、そいつとゆっくり遊んで来い。勉強もしろよ」と、笑顔でもって突きつけられる。
右川の目つきが変わった。
ゆっくりと振り向いて俺を見るその顔は、まるで鬼の形相。
その時、ひょっとして俺はまた間違ってしまったのかと……一瞬、よぎった。
俺はさっそく、浅枝と、今日は彼女と何の予定も無いというノリを巻き込んで、お馴染みの〝右川亭〟にやってきた。
お馴染みの肉てんこ盛り定食と、サービスだと出されたギョウザを、ノリと2人で奪い合うように喰らっている。ちょうど雨が降り出したせいで、現在お客は、俺とノリ、浅枝の3人しか居なかった。
いつものように、右川は店主の山下さんの背後で何やら洗ったり刻んだり、忙しそうに立ち回っている。不意に近づいてきて、
「あんたさ、どういうつもり?」
俺だけに聞こえるようにチッと舌打ちした。
「あんたが自分から此処に来ちゃったら、約束の意味が無いじゃん」
「って、俺と口利いていいのか」
さっそく自分から口を利いて約束を破ったのはおまえだと、チビを撃沈。大体、あれを約束と言えるのか。一方的に右川が仕切って、勝手に決めたというだけの事。俺は了解した覚えは無い。
「とにかく、あんたはもう2度と店に来ないで」
途端、右川は、山下さんからゴチン!とげんこつを喰らった。
「お客さんに向かってそんな言い方があるか」
山下さんに叱られて、右川は、さっきどころじゃない撃沈を見せている。
いい気味だ。
浅枝は、サービスだとアイスをもらったようで、「今日はツイてるなぁ」と嬉しそうに笑う。ちょうど食べ終わった頃という事もあってか、「いいなぁ」と、ノリが羨ましそうに眺めていると、「じゃ、ノリくんにもあげる。ガリガリくん♪」と、右川は1本手渡した。
「俺のは?」
突っ込むと、「はい」と素直に1本出してきたが、「100円ですけど」と、すぐに引っ込める。山下さんが、またゲンコツでチビを諌めて、「ごめんね。こいつ、可愛げが無いから」と、アイスを俺に渡してくれた。(知ってます)
3人でアイスを食べながら、「部長さん達って、みんな生徒会にタカって来るんですよぉ」と、生徒会3カ月目の浅枝がタレ流す〝生徒会愚痴あるある〟を聞いていた。
アイスを食べ終わると、俺のスティックに〝1本当たり〟の文字があって、おお~!とノリや浅枝、山下さんに讃えられたりなんかしたら……数学で最高得点を取った時より自然に笑えた事が、不思議と言えば不思議だな。
「俺って、今日ツイてんのかな」
気を良くしたそこに浅枝が、
「そうですよぉ、沢村先輩、その勢いで来年、会長やっちゃってくださいよぉ」
「まさかアイスで酔っぱらったのか」
そう信じて疑わない様子で、浅枝はフラフラと笑い出した。
「そうだよ。洋士、やんなよ」
加勢したノリは、「僕は外れちゃった」と、呟いてスティックを皿に置く。
「生徒会か。懐かしいな、そんな響きが」
山下さんは遠い目をして、「うん。沢村くんにはそんな雰囲気があるよ。いいんじゃない?」
そんな事言われちゃったら。それも山下さんに。妙に照れ臭くなってきて、「いや、俺なんか無理っていうか」と言いながらも、終始、頬が緩んだ。
「そうだよぉぉぉ。会長やんなよぉぉぉ。きっと楽ぁーのしーよぉぉぉ♪」
無視を決め込んでいたはずの右川が、そこだけ急に笑顔で入ってくる。
俺はピンと来た。
右川は決して、心から会長職を愉快だと信じて、俺に薦めている訳ではない。
万が一、会長なんかになってしまったら、受験という状況も絡んで、今以上に忙しくなるだろう。そうなれば、たかがチビの事情に構っている余裕は無くなり、こうして、この店にやって来る事も無いだろうと……俺という邪魔者を追い払うために手っ取り早く雑用を宛がっただけの事だ。
それが手に取るように分かった。
そうは行くか!
「そんなに楽しい事なら、おまえがやれば」
「は?どちらさん?出口はあちらですぅぅぅ♪」
「兄貴もやってたんだし。おまえだってどうにか出来んだろ」
そこで浅枝が、「そうですよぉ、右川先輩、やったらどうですかぁ~?」と、やっぱり酔っ払っているのかと信じ込んでしまうほど、マジで右川にやらせる勢いで割り込んできた。
……さっきまで俺にやれとか言ってたくせに。
ちゃっかり転びやがったな。
山下さんはにやりと笑って、「そうだなぁ。カズミもいっちょ、頑張ってみるか」
「嫌だ嫌だ!絶対、嫌だっ!面倒くさいもん。ツマんない。絶対に嫌」
「さっきまで、きっと楽しいよ♪とか言ってたじゃないですかぁ~」
いいぞ、浅枝。
「あたしはドMじゃないから、そういうプレイは無理。暇じゃないから、学校と遊ぶ時間なんて無いの」
現役執行部を目の前に、なんて言い種だ。
「こんな、いい加減な人間じゃ、やれそうにないか」
山下さんが呆れて苦笑いすると、「大丈夫ですよ。洋士が補佐しますから」と、ノリが俺の肩を叩く。
「そうっすね。ま、選挙の応援とか、色々と難しい事は協力しますよ」
俺はとりあえず、余裕で応じた。
白状しよう。〝頼れる同級生〟という自分を演じて、尊敬する山下さんに一目置いて貰いたかった!
「さっすが。シビれるね」
山下さんは親指を突き出して讃えてくれる。俺も、それに応えた。
そんな俺に対抗するかのように右川は、「ねぇアキちゃん」と、甘えたような声色で、山下さんの隣に貼り付くと、その腕を取り、何やら耳打ちする。
どう見ても、まるで親子にしか見えないけど。
そんな2人の背後の壁に掛っているカレンダーが、ふと目についた。
来週の水曜日。右川亭の定休日。
赤ペンで、花丸二重丸。
〝アキちゃんと♪〟
どこか見覚えのあるチケットが、そのカレンダーに留めてある。
ピンと来た。いつかの映画。さっそく使い回しなのか。
俺がどんな思いであれを返したのか、それが全く伝わっていない。思いがけずチケットが手元に残ってラッキー♪と幸運に浸っているんだろう。何でも都合良く行くと思ったら、大間違いだからな。
こっちは撃沈を覚悟で、右川が1番困る事をしてやる。
俺は肩を膨らませるように、1度、深呼吸した。
「そう言えば、右川さん」
右川に、さん付け。地獄のプロローグだ。思い知れ。
「こないだの、結局あいつとはどうなったの?」
「は?」と、右川は目を剥いた。
「確か、俺と同じぐらい背の高いヤツで」と、額に手を当てて、「こんぐらいだったかな。そいつ」と、リアル感を演出してみる。
「は?何?意味分かんないんですけど」
まだまだ薄っすらと笑える余裕が、右川にはあるようで。俺は脅迫の手を緩めない。
「あん時、そいつから映画のチケット貰った?ジョニー・デップの最新作。ちょうど俺も行きたいなーと思ってたから、やけに記憶に残ってんだよね」
これで真実味が増すだろ。
山下さんが、「へぇ」と頷きながら、「カズミにそんなのが居たのか」と、満足そうな笑みを浮かべる。
山下さんはカレンダーをチラ見、右川にも目配せして、
「そういう事なら、あのチケットは持ち主に返さなきゃ。2人で楽しんで来い」
途端に、右川の目の色が変わった。
「それあたしじゃない!」
「いや、右川さんだった。確実」
「あんた目つきも悪いけど視力も落ちたんじゃないの?!」
もじゃもじゃ頭をブルブルと震わせながら、右川は食ってかかる。
「え?誰?それって僕も知ってる?クラスに居るの?」
ノリが興味深々で割り込んでくる。
「それって、わたしにも分かる人ですか?」
浅枝も黙っていない。
「それがさ、見た所、先輩でも1年でもなくて。多分2年生だと思うんだけど」
「は?誰の事言ってんの?全然分かんないんですけどッ!」
「そう。俺も全然分からないんだよ。そいつとは1度も喋った事が無いから。俺らなんかとは種類の違うグループで。何処のクラスかな?みたいな女子……じゃなくって、男子だな」
「ウソだ!こいつ、ウソついてる!」
「いやー、今日も2人でくっついて楽しそうにしてるから、俺てっきり固まったのかと」
「あ……」と、声を発したきり、そこで右川は絶句してしまった。
否定すればするほど、今は隠しておきたいと思うほど真剣で現在進行形の相手が居ると取られてしまう。そんな周囲の視線に気付いて、ぷるぷると震えながらも握りこぶしをギュッと硬くとじて、右川は本日3度目の撃沈状態に陥った。とうとう山下さんからは、「明日から店の手伝いはいいから。放課後は映画でも何でも、そいつとゆっくり遊んで来い。勉強もしろよ」と、笑顔でもって突きつけられる。
右川の目つきが変わった。
ゆっくりと振り向いて俺を見るその顔は、まるで鬼の形相。
その時、ひょっとして俺はまた間違ってしまったのかと……一瞬、よぎった。