God bless you!~第3話「その価値、1386円なり」
想定以上の〝浅枝アユミ〟
いえいえ、謝るのは俺の方です。
意地と勢いで、こうなってしまったけれど、面倒をみるのはやっぱり阿木の方がよかったんじゃないかと、もう1秒ごとに後悔している。俺自身1人の方がやり易いと同時に、浅枝の方も同じ女子同志の方が、相談やらグチやら、もう何かと。
残りのアクエリアスを飲み干し、新しい1本を取り出そうとして冷蔵庫を開けると、いつも2本以上は入れてあるストックが、1本しか入っていない。
まさか、誰か、飲んでる?
一言、言ってくれたら怒るような事でもない。それが先輩なら尚の事、喜んで差し出すのだが。
そこに、「テニス部でーっす」と2年生女子が元気一杯、明るい声でやって来た。
「あれ?今ってまさか、お邪魔?」と、俺達に向かって、さっそく意味あり気な目線を飛ばしてくる。思えば、こういう事態も十分に予測できた。後悔に拍車が掛る。同輩なので案外気楽だが、「んな訳ねーだろ」と、浅枝の手前、一喝しておく。このくだりが挨拶代わりになる事を思うと震えがくる。
何の用事かと思えば、
「こないだの予算、もし余りが出て余裕あったらプラスしてくれって先輩が」
ため息が出た。
「だーかーらー」と、こっちは思わず右川の口癖まで出てくる始末。
「もう遅いんだって。結果が出ちゃったら、それで決定だよ」
「これやる」と、浅枝のコピーを1枚渡した。女子はそれを見ながら、「うーん」と考え込んで、
「余ったお金って、無いの?」
「あってもダメ。出せないよ」
「沢村じゃダメか」
「当たり前だろ。てゆうか、俺以外でもダメだって」
俺を突破口に考える事もさることながら、生徒会が金を自由自在と思う辺りが、もうおかしい。決定した予算以外、思いがけず余りが出た時は、その他行事の運営費に充てられる。……常識
「でも吹奏楽にはプラスがあったとか」
「と、出来たばかりの彼氏が言ったか」
テヘ!と、女子は首を傾げて笑った(可愛いくねーよ!)。
その出来たて彼氏は3組で俺と同じクラスだ。吹奏楽部ではホルン奏者らしい。
「その彼氏に、その辺の経緯も事情も、何でも聞けばいいだろ」
〝それは独自のチャリティ・コンサートで、臨時収入があったから〟
それを言うと、「そういう事かぁ」と、女子は肩を落とす。「これいいや。どうせ部長にも回ってくるんでしょ」と報告書コピーを置いて、部屋を出て行った。
「みなさん、必死ですね」
テニス部だけじゃない。この所、他の団体からも余った予算を求めて問い合わせが絶えない。大会前。夏休み前。早くから狙い過ぎてフライング気味だ。
「少し多めにコピっときました」と、浅枝はコピーを揃えて、まとめる。それを受け取りつつ、「金の事になると」と、予算額を横目で眺めた。テニス部は想定外の遠征に頭を悩ませている。どんな手段を使っても、この金額に上乗せしたい気持ちも分かるけど。
「でも、何か変ですよね」と、浅枝は考え込んだ。
「何が」
「チャリティで臨時収入があったら、それってチャリティに回さないんですか?」
……気付いたか。先生から推薦されるだけの事はある。
俺が親指を突き出すと、浅枝は小首を傾げて、「?」
チャリティ……それをいい事に、わずかとはいえ一時的に潤った懐を、吹奏楽部は独自でいいように利用している。収入の殆どはチャリティに当て、少々を経費と称して懐へ。
それはルール違反とも許容範囲とも決まらないグレーの範疇だった。
人数が多いからとか、楽器が高価だからとか、そこに色々と理由を付ける。
周囲からは、チャリティ参加という大義で世間から認められている我が校唯一の存在に、それぐらいの見返りはあってもいいのではと、実情、許されていた。
やつらが疎まれる原因がここにある。誇り高く、気高く、〝妬み〟という名の痛みを伴って、吹奏楽部の名声は周囲に広がっていくのだ。
「お金ってシビアですよね。オゴった事とか、絶対に忘れないですもん」
思いがけず砕けて気が緩んだのか、浅枝の態度はグッと柔らかくなった。
「沢村先輩は、彼女とか居ますか」と、いきなり踏み込んだ事も訊いてくる。
「居ないよ。浅枝さんは?居るの」
「居ませんよ。そんなの居たら、生徒会断ったと思います」
だよな。
誰と誰がいきなり付き合い始めたとか、3年にさっこくコクった1年女子がいるとか、そんな1年の恋愛事情を聞きながら、2人連れ立って議事録片手に、校内を歩き回る。それは打ち解けた様子を回りに晒す結果となり、さっそく永田に見つかり、予測できた事とはいえ早速突っ込まれた。
「1年じゃん。何だよぉ、早くも立ち直ってんのかよッ」
「それ、おまえだろ。さっそく彼女出来たらしいじゃん」
話題のスリ替えに当てこすってみたら、これが逆効果。
「わ、もー聞いた?」と嬉しそうに、「突然コクられてさーどうしよかって。まぁ今オレってフリーじゃん?だったらちょっとぐらい付き合ってみてもいいかなって思うじゃん。まぁ可愛いし、バスケもヤリ込んでるし、今度一緒にライブに行くんだけど、これがさ」と、延々ノロケられる羽目になる。
「今フリーって、今までずっとフリーだろ」
俺は浅枝に目で合図を送り、その背中を押して(永田を振り切って!)、職員室に急いだ。「キミ~沢村先輩は手が早いから気をつけよーーー!」と、永田の声が廊下中に響き渡る。
どっちがだ。まともに取り合ってると、体力を吸い尽くされるから無視。
「さっきの、永田先輩ですよね。バスケ部の。久木さんと付き合ってるって本当だったんだ」
久木というのか、永田の彼女は。
そこに、昼メシを終えて戻って来たらしい同輩集団と目が合った。反らしても……もう遅い。
「うわ!沢村ってば、もう1年に手つけてんのかよ」
「妹系、来たーッ!」
「そんじゃ合コン、もう必要ねーの?断ってい?」
「可愛いじゃん。ヤバいじゃん。藤谷どうすんの」
合コンにエントリーした覚えはない。藤谷という女子はその昔勝手に噂された、というだけに過ぎない。どれもこれも、「勝手な事言うな」である。こんな具合で、廊下を行けば、あちこちの知り合いから冷やかされた。仲間というほど親しくはなく、あくまでも知り合いというレベルの同輩軍団。最強のモブ。
こういう時こそ、腕章が必要だと痛感する。
職員室で用事を済ませた別れ際、「変な事言われたりして、嫌じゃない?」と、浅枝に訊いてみた。「大丈夫ですよ。頑張って……慣れます」
少し恥ずかしそうに俯くその姿を見ていると、妹が居たらこんな感じ?と、妙な気分に襲われる。
「生徒会の方って、みなさん彼氏彼女いないんですか?」
「うん、居ないね」
松下先輩は他校に彼女が居る。本人が黙っているので、ここでは俺も黙っておいた。
阿木には居ない。居る気がしない。居ても、多分まともなヤツじゃない。あるいは、まとも過ぎるとか。永田会長に彼女が居るという話は聞かない。だが、彼女が居ない筈が無い。勘としか言いようがないが、おそらく他校、あるいは別世界、例えば年上とか。今居ないだけという可能性もあるな。
「やっぱそれだけ忙しいんですね」
「立て続けに行事が襲ってくるから。。来月は球技大会で」
「それが終われば?」
「中間テスト。それが終われば休める……と思ったら大間違い」
夏休みを目前に、今の3倍は要求が降りかかって来る……次第に浅枝の表情が曇る。
「彼氏出来ても、長続きしなさそうですね」
「大丈夫。忙しくても、平気なヤツもいるから」
ここで初めて浅枝に、自分の事を話した。彼女の転校が無かったら、多分、今も続いていると思う。
浅枝は、ちょっと寂しそうな、そんな素直な反応を見せた後で、
「沢村先輩、あたしと競争しませんか?どっちが先に相手を見つけるか」
「おう」 少し挑戦的な態度を見せつつ、「勝負になるかな。俺なんて顔だけは売れてるから、どうにかすぐ見つかりそうだけど」
「そっかぁ。だったら、あたしも1年掛けて、まず顔を売らないと」
それを聞いて、吹き出した。彼氏を探す1年じゃなくて、顔を売る1年なのか。結果的にそうなるような気もしたが、ここでは言わないでおいてやるよ。
途中、「何か飲む?」と、ジュースぐらい、気持ち良くオゴってやった。「あたし忘れませんよ。オゴられた事は」 浅枝はイタズラっぽく笑う。この打ち解けた雰囲気に乗じて、「あのさ」
「俺なんか、作業を中途半端で部活に行っちゃったりするかもしれないし」
何が言いたいんですか……浅枝はその真意を探るように目を凝らす。
「浅枝に頼む事も増えて。丸投げとか、それはしないように気をつけるけど、結果的にどうなるか」
「……はい」
「だから阿木の方が、俺なんかより時間取れるし、変な事も言われないし、色々教わるにしても」
浅枝は、俺に全部を言わせなかった。「つまり早くも自信が無いんですか」と、畳みかけてきた。
鋭い。その言い方は、ちょっと痛い。
だが、浅枝は意表を突いてにっこり笑うと、
「大丈夫ですよ。沢村先輩がカッコいいって言ってる子も居ますから」
「え?」
「すぐに彼女出来ますって」
そっちの自信か。
「だから、あたし、すぐ分かる位置に居ないと困りますよ。先輩に彼女が出来そうになったら、邪魔しないといけませんから」
浅枝は、胸の上で両手握りこぶし、自ら喝を入れている。
「さっき約束しましたね?阿木さんじゃなくて、沢村先輩と競争するって」
初めて浅枝の自然な笑顔を目の当たりにして、わずかながら、沈みかけた自信が浮上して、ちょっとだけ……阿木には渡したくないな、と思う。
「そっか。そんなら一緒に頑張ろう。生徒会も、そっちも」
浅枝が拳を突きだしたので、俺もそれに向かってグータッチ。まるで劇的な絆の瞬間である。
そこで、まるでドラマのフィナーレを告げるが如く、5時間目の始業チャイムが鳴った。
「そう言えば、浅枝って昼メシどうした?」
「食べてきましたよ」
いつの間に。
「4時間目が早く終わったんで、カッ込みました。売店でアイスも」と笑う。
「あ、そう。それは良かった」
それでちょっと遅れてきたのか。
……怒るほどの事ではない。だが、謝るほどの事ではある気がした。
何だか可笑しくなってくる。
「じゃ、急ごうか」と、それぞれの方向に散った。
ふと振り返ると、浅枝が飲み終わった缶を握って、構えている。ゴミ箱を狙ってポンと放り込み、それが外れて転がって、むぅーっ!と膨れて、また拾って、元の位置に戻って(?)また投げた。今度は入った!と、小躍り。チャイムが鳴ったというのに急ぐでもなく、余裕で、のんびり。
それがあんまり無邪気で笑ってしまう。
意外と、ちゃっかりした性格。思いやりも、ちゃんとあるし、駆け引きも多少は試みる。こっちが心配するほど、今の状況に不都合を感じていない。何と言っても、正しく利口だ。
浅枝アユミは、想定以上に生徒会向き……かもしれない。
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