God bless you!~第3話「その価値、1386円なり」
〝先輩、オッパイ見る?〟
6月に入って衣替えした。
夏のシャツ。白いブラウス。
それが、月末にやって来る修学旅行への期待で、2年生はどこのクラスも浮かれ気味である。それ以前にやってくる中間テストは頭の外だ。
3組の教室では、俺の机の周りだけがゴチャゴチャと紙と物で溢れている。終わった授業を片付けている暇もない。先の委員会、議事録の下書き書類。前の席を引き寄せて紙を並べていたら、その席の女子が戻ってきたので、「ちょっと借りてるね」「何か、いつも大変だね」と、いつもの事だが、溜め息でもって同情される。「椅子も使う?」と、女子が持ち上げたら、シャフトに押し付けられた胸が、シャツの上から形がくっきり……「あ、いいよ。隣を使うから」
動揺しつつ、横の知り合い男子の机を強制的に引き寄せた。
この季節にはよくある事、ではある。いつもはそれほど注目もしないが、これが普段あんまり付き合いのない女子となると、途端に新鮮味を感じてしまうから困った話だ。落ち着け。落ち着け。今は目の前、これを清書して会長に出さなくてはならない。
しばらくして、ここで選択授業を行う、支倉という男の先生が入ってきた。いつも少し早めにやってくる先生ではあるが、こっちはまだ半分も終わっていないというのに、もうそんな時間か。
女子に迷惑が掛る事を考えて、慌てて、前の机上だけは片付けた。
「沢村くん、外に1年生が来てるよ」と、女子が教えてくれる。見ると、入口で浅枝がモジモジしていた。いくら、ちゃっかりしたキャラとは言え、先輩の教室に堂々とは入って来づらいという事は分かった。「あのう、これ」と、頼んであった書類を渡される。「うん。ありがとう」と、俺は受け取っただけ。
そこに通りがかった永田が廊下のド真ん中、
「うりゃ!さっそく朝からヤッてんのかよ。このスケベ!」
この永田の大声が非常に厄介だ。教室から廊下から、一斉に注目されてしまう。
「おまえと一緒にすんな」
「あーそうだゼ。オレ様は朝からやる訳だゼ。朝練も一緒。昼メシも一緒。放課後も当然。その先だってよッ!そこからはな」
「そこを詳しく掘り下げなくていいから。サラッと流してどっか行けよ」
じゃ!と、永田にしては珍しくあっさり引き下がった。これは彼女が出来た効果なのかと、少々感心していたら、永田はヒョイと振り返り、「もう居らねーから、やるよッ」と、雑誌を強引に渡してくる。
どうせゴミだろう。見ると表紙はイラストで、〝先輩、オッパイ見る?〟
……。
……やっぱりゴミだった。
「自分で捨てろって!」
返り討ちで押し付けた。
「だよなッ。やっぱ、ちゃんと持ち主に返さないとなッ!」と、何故か俺ではなく、浅枝に押し付ける。
ちゃっかり浅枝も引く程の、いつも以上にドぎつい展開。タイトルにも色々と混乱したのか、「ひゃあ!」と、悲鳴を上げて、浅枝は雑誌を放り投げると、逃げるように去って行った。
俺のじゃないから!……そう言い訳する暇も無かった。永田も、いつの間にか消えている。感心を通り越して悪魔的にウザい。仕方なく、その先のトイレに立ち寄って、ゴミ箱に投げ捨てた。恐らくそれを誰かが見つけ、拾い上げ、回し読みされ、そしてまた永田の手元に戻る……。
席に戻ると、乱雑に物が置かれた俺の机を見て、支倉先生が、
「君は、また最近何だか、ずいぶんモテるなぁ」
「ええ、あー、。モテすぎて、こうゆう事になってます」
浅枝からさっき受け取った紙を、資料の束に加えた。
会長から、早めに!と言われた手前、急いでやる。早めに、とは、今日中に!という事で。
「これ何だっけ?今はこういうのが流行ってんのか」
先生は〝くまもん〟の付箋紙をじっと見つめている。
「沢村の趣味か?」
「違います」
いつも使うインデックスがごっそり消えていたので、それで急遽、浅枝が持っていた付箋紙を使わせてもらったのだが……こういうのが好きらしい。今は仕方なく使わせてもらうけど。
「朝比奈は、突然だったなぁ」
唐突に突っ込まれた。困る程のことでもなく、「そうですね」と会話に応じる。
去年、この先生は、元カノ、朝比奈ユリコのクラス担任だった。
朝比奈のことは先生の間でも公認されたようなもの。その事を先生に厳しく言われたり、追求されたりといったような事は1度もない。まじめにやってる者同士の付き合いだと、認めてくれていたように思う。「元気でやってんのかな」と、尋ねられて、「ちょっと前までは、たまにメールが来ましたけど」
答えになっていない事を百も承知だ。今はもう以前のような付き合いはないと、それを暗に示した格好になる。……俺だけの聖域。
アクエリアスを1口飲んで机に突っ込み、紙の束は簡単にまとめて紙袋に突っ込み、それごと次の選択授業に移動した。置きっ放しにしたい所だが、フザけたヤツらが悪戯しないとも限らないから。
5組に入った。相変わらず埃っぽい。ここにきて初めて、我が3組は空気が澄んでいると感じる。
重森が、またいつもの1番前の席に居た。見た事もない課題を開いている。塾の、だろう。大荷物の俺をチラ見して、また課題に戻った。
俺はいつもの席、ノリの隣に落ち着くと、割と親しい女子がふらりとやって来る。
「わ、あたし好みのニキビ発見。ツブしてい?」
だーっ!と、思わず顔を避けた。確かに、この所の夜更かしが祟って、口元に大きなニキビが1つ出来ている。この女子は人のニキビを見つけると決まってツブしに掛かるというツワモノだ。油断ならない。
「沢村ぁ、今度、どっか行かない?」
人はコロコロ変われども、朝比奈と離れた途端に、このセリフは何度も聞いた。そんな時、ひょいと書類を渡して、「ちょっと扇いでくれよ」と言うと、大抵やってくれる。埃っぽくても、風は心地よい。
「あんた映画好きじゃん?今とか、何か見たいのって無いの」
最近はもっぱらレンタルで借りてばかりいる。今は夏の新作公開前で、時期がちょっと早い。
それを言うと、
「んじゃ、何でもいいよ。どっか行こ」
「そんな漠然と言われても……」
そこに、そいつの友達女子がやって来る。そいつは、何故かいつも俺の肩を叩き始める。
さっそく、「硬ったーい!」と、嬌声を上げた。
「マジで?そんなに言う?」
「人の肩じゃないよ、これ」
何て、言われ様だろう。
そこで、「え、ちょっと貸して」と別の一人が代わった。「うわ!なんか、ばぁばみたいな肩だよ、これ」と、少々ショックな事も言われ、「生徒会がネクタイ付けるとさ、サラリーマンとダブるよね。匂ってきそう」と、痛烈な一撃を浴び、そこにちょうどやって来た吉森先生にツボって笑われる。
「先生。来るの早くないですか」
「職室、戻るの面倒だから、1年生のクラスから直行してきちゃった」
重森の目の前も面倒だと?それで先生は、俺の席までやって来たと?
そんなやり取りの最中にも、俺は風を送られ、肩をトントン叩かれながら、
「身体って性格出るよね」
「沢村って真面目だもんね」
「パパぁ。ちょっと働き過ぎなんじゃん?」
「生徒会の犬。クソが」
「もー!硬い!すんごく硬いよこれ!」
余計な声が1つ多い気もしたが、この屈辱、心地よさと引き換えに、いつまで我慢できるだろう。
「バレーやってんのに、肩凝るの?」と、吉森先生にも肩を掴まれた。「あー、ホントだ。こりゃ凄い。あたしと大差ないね」って、それが1番ショックですが。
「それだけ座って作業する時間が長いんですよ。まぁ勉強も」と、これ見よがしに、これから授業で答合わせの課題を広げた。「半分ほどは埋めてありますが。はは」「担当教師として、痛い」と、先生には渋い顔をされる。女子の……こいつ結構、力が強くて好い感じ。やりかけの課題をやろうとして、やっぱり手が止まる。授業が始まってからでいいか。しばらくは、その心地よさに身を任せた。
夏のシャツ。白いブラウス。
それが、月末にやって来る修学旅行への期待で、2年生はどこのクラスも浮かれ気味である。それ以前にやってくる中間テストは頭の外だ。
3組の教室では、俺の机の周りだけがゴチャゴチャと紙と物で溢れている。終わった授業を片付けている暇もない。先の委員会、議事録の下書き書類。前の席を引き寄せて紙を並べていたら、その席の女子が戻ってきたので、「ちょっと借りてるね」「何か、いつも大変だね」と、いつもの事だが、溜め息でもって同情される。「椅子も使う?」と、女子が持ち上げたら、シャフトに押し付けられた胸が、シャツの上から形がくっきり……「あ、いいよ。隣を使うから」
動揺しつつ、横の知り合い男子の机を強制的に引き寄せた。
この季節にはよくある事、ではある。いつもはそれほど注目もしないが、これが普段あんまり付き合いのない女子となると、途端に新鮮味を感じてしまうから困った話だ。落ち着け。落ち着け。今は目の前、これを清書して会長に出さなくてはならない。
しばらくして、ここで選択授業を行う、支倉という男の先生が入ってきた。いつも少し早めにやってくる先生ではあるが、こっちはまだ半分も終わっていないというのに、もうそんな時間か。
女子に迷惑が掛る事を考えて、慌てて、前の机上だけは片付けた。
「沢村くん、外に1年生が来てるよ」と、女子が教えてくれる。見ると、入口で浅枝がモジモジしていた。いくら、ちゃっかりしたキャラとは言え、先輩の教室に堂々とは入って来づらいという事は分かった。「あのう、これ」と、頼んであった書類を渡される。「うん。ありがとう」と、俺は受け取っただけ。
そこに通りがかった永田が廊下のド真ん中、
「うりゃ!さっそく朝からヤッてんのかよ。このスケベ!」
この永田の大声が非常に厄介だ。教室から廊下から、一斉に注目されてしまう。
「おまえと一緒にすんな」
「あーそうだゼ。オレ様は朝からやる訳だゼ。朝練も一緒。昼メシも一緒。放課後も当然。その先だってよッ!そこからはな」
「そこを詳しく掘り下げなくていいから。サラッと流してどっか行けよ」
じゃ!と、永田にしては珍しくあっさり引き下がった。これは彼女が出来た効果なのかと、少々感心していたら、永田はヒョイと振り返り、「もう居らねーから、やるよッ」と、雑誌を強引に渡してくる。
どうせゴミだろう。見ると表紙はイラストで、〝先輩、オッパイ見る?〟
……。
……やっぱりゴミだった。
「自分で捨てろって!」
返り討ちで押し付けた。
「だよなッ。やっぱ、ちゃんと持ち主に返さないとなッ!」と、何故か俺ではなく、浅枝に押し付ける。
ちゃっかり浅枝も引く程の、いつも以上にドぎつい展開。タイトルにも色々と混乱したのか、「ひゃあ!」と、悲鳴を上げて、浅枝は雑誌を放り投げると、逃げるように去って行った。
俺のじゃないから!……そう言い訳する暇も無かった。永田も、いつの間にか消えている。感心を通り越して悪魔的にウザい。仕方なく、その先のトイレに立ち寄って、ゴミ箱に投げ捨てた。恐らくそれを誰かが見つけ、拾い上げ、回し読みされ、そしてまた永田の手元に戻る……。
席に戻ると、乱雑に物が置かれた俺の机を見て、支倉先生が、
「君は、また最近何だか、ずいぶんモテるなぁ」
「ええ、あー、。モテすぎて、こうゆう事になってます」
浅枝からさっき受け取った紙を、資料の束に加えた。
会長から、早めに!と言われた手前、急いでやる。早めに、とは、今日中に!という事で。
「これ何だっけ?今はこういうのが流行ってんのか」
先生は〝くまもん〟の付箋紙をじっと見つめている。
「沢村の趣味か?」
「違います」
いつも使うインデックスがごっそり消えていたので、それで急遽、浅枝が持っていた付箋紙を使わせてもらったのだが……こういうのが好きらしい。今は仕方なく使わせてもらうけど。
「朝比奈は、突然だったなぁ」
唐突に突っ込まれた。困る程のことでもなく、「そうですね」と会話に応じる。
去年、この先生は、元カノ、朝比奈ユリコのクラス担任だった。
朝比奈のことは先生の間でも公認されたようなもの。その事を先生に厳しく言われたり、追求されたりといったような事は1度もない。まじめにやってる者同士の付き合いだと、認めてくれていたように思う。「元気でやってんのかな」と、尋ねられて、「ちょっと前までは、たまにメールが来ましたけど」
答えになっていない事を百も承知だ。今はもう以前のような付き合いはないと、それを暗に示した格好になる。……俺だけの聖域。
アクエリアスを1口飲んで机に突っ込み、紙の束は簡単にまとめて紙袋に突っ込み、それごと次の選択授業に移動した。置きっ放しにしたい所だが、フザけたヤツらが悪戯しないとも限らないから。
5組に入った。相変わらず埃っぽい。ここにきて初めて、我が3組は空気が澄んでいると感じる。
重森が、またいつもの1番前の席に居た。見た事もない課題を開いている。塾の、だろう。大荷物の俺をチラ見して、また課題に戻った。
俺はいつもの席、ノリの隣に落ち着くと、割と親しい女子がふらりとやって来る。
「わ、あたし好みのニキビ発見。ツブしてい?」
だーっ!と、思わず顔を避けた。確かに、この所の夜更かしが祟って、口元に大きなニキビが1つ出来ている。この女子は人のニキビを見つけると決まってツブしに掛かるというツワモノだ。油断ならない。
「沢村ぁ、今度、どっか行かない?」
人はコロコロ変われども、朝比奈と離れた途端に、このセリフは何度も聞いた。そんな時、ひょいと書類を渡して、「ちょっと扇いでくれよ」と言うと、大抵やってくれる。埃っぽくても、風は心地よい。
「あんた映画好きじゃん?今とか、何か見たいのって無いの」
最近はもっぱらレンタルで借りてばかりいる。今は夏の新作公開前で、時期がちょっと早い。
それを言うと、
「んじゃ、何でもいいよ。どっか行こ」
「そんな漠然と言われても……」
そこに、そいつの友達女子がやって来る。そいつは、何故かいつも俺の肩を叩き始める。
さっそく、「硬ったーい!」と、嬌声を上げた。
「マジで?そんなに言う?」
「人の肩じゃないよ、これ」
何て、言われ様だろう。
そこで、「え、ちょっと貸して」と別の一人が代わった。「うわ!なんか、ばぁばみたいな肩だよ、これ」と、少々ショックな事も言われ、「生徒会がネクタイ付けるとさ、サラリーマンとダブるよね。匂ってきそう」と、痛烈な一撃を浴び、そこにちょうどやって来た吉森先生にツボって笑われる。
「先生。来るの早くないですか」
「職室、戻るの面倒だから、1年生のクラスから直行してきちゃった」
重森の目の前も面倒だと?それで先生は、俺の席までやって来たと?
そんなやり取りの最中にも、俺は風を送られ、肩をトントン叩かれながら、
「身体って性格出るよね」
「沢村って真面目だもんね」
「パパぁ。ちょっと働き過ぎなんじゃん?」
「生徒会の犬。クソが」
「もー!硬い!すんごく硬いよこれ!」
余計な声が1つ多い気もしたが、この屈辱、心地よさと引き換えに、いつまで我慢できるだろう。
「バレーやってんのに、肩凝るの?」と、吉森先生にも肩を掴まれた。「あー、ホントだ。こりゃ凄い。あたしと大差ないね」って、それが1番ショックですが。
「それだけ座って作業する時間が長いんですよ。まぁ勉強も」と、これ見よがしに、これから授業で答合わせの課題を広げた。「半分ほどは埋めてありますが。はは」「担当教師として、痛い」と、先生には渋い顔をされる。女子の……こいつ結構、力が強くて好い感じ。やりかけの課題をやろうとして、やっぱり手が止まる。授業が始まってからでいいか。しばらくは、その心地よさに身を任せた。