God bless you!~第3話「その価値、1386円なり」
「右川さんって、どういう人ですか?」
「久木さんって1組の子なんですけど、バスケ部で」
「可愛い?」
「うーん、可愛いっていうよりも、サッパリしてる感じです。顔は〝さしこ〟に似てるとか」
そこはちょっと引っ掛った。
「さしこ?ともちん、じゃなくて?」
「って、そこには喰い付くの?」と、右川なんかに、人間性を疑われそうになる。
「女子が噂してるの聞いたんだよ。ともちんに似てるとか言ってるから」
「それはあの〝ともちん〟じゃなくて……同じ1組に〝ともちん〟って呼ばれてる子がいるんですよ。その子と久木さんが髪型も同じで感じが似てて、先生も未だに混乱してるから」
ともちんと言えば、普通あの、ともちんしか思い浮かばないだろ。紛らわしい。噂というのは当てにならないと、それを確実にした。
浅枝と、ひとしきり永田の彼女の話に湧いた右川は、「何でだろうね」と今度は阿木に向かって、
「あたしらから見て、どこがいいんだろって男子がさ、急に後輩からモテ始めるよね」
「そうなの?」と阿木が、浅枝に話を振る。「んー」と浅枝は考え込んだ。
「ね、例えば、どういうヤツが人気あるの?」と、右川が尋ねた。
「2年生で言うと、剣持先輩とか、桐生先輩とか、その辺ですかね」
バンドをやっていたり、サッカー部のレギュラーだったり、いずれも目立つグループのヤツらばかり。そして、どれもすでに彼女が居るヤツばかり。
「重森とかは?」
思い切って聞いてみた。「誰ですか?」と、浅枝が首を傾げるので、少々説明してやると、「あ、吹奏楽の……確か、凄く頭いい人ですよね。よく知らないですけど。吹奏楽で言うと、入幡先輩とか、毛木先輩とか、八重樫先輩とか、岸先輩とか、その辺が人気あるみたいです」
これまたどれを取っても、彼女がいるヤツばかりだった。
「沢村くんとかって、どうなの?」
阿木が、どんな興味でそれを聞くのか。早くも1年票リサーチなのか。
「沢村先輩は……」
浅枝は、ここで言ってもいいのかな?と、少々躊躇する。
「そんなに言いづらいか」
「そういう訳では」
浅枝との競争、勝負の行方を左右するとも言える。例え痛くても、ここは聞いておこう。
「友達が……背が高くて、名前が格好いいって言ってます」
名前。背丈。それのどこがどうツボなのか、全く要領を得ない。思えば、本人を目の前に悪い事なんか言える訳がなかった。聞いてるこっちが期待感丸出しで、恥ずかしくてムズムズするだけ。
「あ、そうだ。先輩、さっそく写真が欲しいって頼まれちゃったんですけど」
浅枝の台詞は空回りした。俺と阿木と右川、3人の目線が着地を探して彷徨っているその間に、浅枝はスマホを俺に向けて構える。「行きます」
「え……俺の?」
「はい。てことで、ちょいちょい撮っていいでしょうか」
この流れでそれを言われたら、断る資格は無い。
「1年生ぇぇぇー……」
右川は大袈裟に嘆いて見せた。
「名前とか背丈とか、そんなのカードが弱過ぎるよぉ」
よく見て!と俺を指差して、
「顔は大した事ない。後ろの髪の毛はねてる。目なんかニーッて離れてる。ニキビ面で不潔だぁ」
確かにニキビは出来ているが、不潔と言われる程じゃない。目は親に言え。
髪の毛とか、言われた途端に気になり始めて、思い当たるその辺をつい探ってしまった。
「とにかくツマんないよ?話とか全然、面白くないんだから」
ここで少々ムッときた。それを聞いて、阿木が笑ったからである。阿木こそ最高にツマんない部類だろ、と危うく言い掛けて……我慢したけど、このまま黙って聞いていると思ったら大間違いだぞ。
「それを言ったら、人気絶大の剣持や桐生はどうなんだよ。面白いヤツとはまた違うだろ」
面白いから目立つかもしれないが、面白いから好きになるという訳じゃない。
「前の彼女だって、俺が面白いという理由で付き合ってくれた訳じゃないし」
「はい、それ頂きました♪ツマんないって自分で認めたね」
チッ。相変わらず言葉尻でブチ込んできやがる。
色々とバカバカしくなったのか、「ちょっと出てくる」と告げて、阿木が部屋を出て行った。何故か右川が、「あ、待ってよ♪」と、慣れ慣れしい態度で貼り付いて、共に出て行く。辺りは急に静かになった。
「右川さんって、どういう人ですか?」
早速、来た。
どういう人。
どう説明すればいいのか。「見たまま。あのまんま」と、言うしかないよ。
「沢村先輩って、仲良いんですか?」
「そんな風に見えたか」
「いえ、全然」
出身中学もクラスも属性も種類も、根こそぎ。その違い、一切合切を並べ立てた。
「別の意味で仲良さそうにも見えましたけど」
「……浅枝。俺は1度しか言わない」
最初が肝心。ここは最初に植え付ける。
「それを2度と言うな。もしまた言ったら……おまえをツブす」
浅枝が、凍りついて固まった。決まったー……(?)。
そこで、思い出したように冷蔵庫を開けると、俺の相棒、アクエリアスが1本しか入っていない。暑さが高まると共に、すごい勢いで相棒は目減りしていくのだが、確か5本、昨日朝からさっそくストックを入れておいた筈だ。それが1本しかない。
気になる。
そう言えば最近、よく物が無くなる……気がする。とは考え過ぎか。単に誰かが捨てたとか。どこかに収納されているとか。誰かが密かに使ってるとも思えるけれど。
例えば。
松下先輩が探していた領収書に始まり、インデックス・シールが、ごっそり。
書類を留めていた大きめのクリップ。赤いやつ。
1度も使わないまま置きっ放しだったはずの、洗濯バサミの束。
コンビニで貰っておいて使っていないストローとスプーン。これは根こそぎ。
道端で配ってたからもらった、そんなポケットティッシュ。これも根こそぎ。
100均商品。貰いもの。拾いもの。無料配布。
アクエリアスと領収書以外、その殆どは無いからといって困る訳でもなく、取るに足らない物ばっかりである。ちょっと考えて、俺は相棒のストックを箱ごと持ってきた。6本全部を冷蔵庫に入れる。1つ1つに油性ペンで分かりづらい場所にナンバーを入れた。誰だか知らないが、念のため。
気のせいなら、それでいいし。
そこに、阿木がひょいと戻って来た。無表情で、その手に何故かギョウザ6個入りパックを握っている。無表情で、それをジッと見詰めているのだ。見ると〝2人で食べてね♪〟とメモが付いている。
俺達の視線に気付いて、「右川さんから貰ったんだけど。食べる?」と、無表情で聞いてきた。俺も浅枝も、首を横に振る。
阿木は、ギョウザをそのままに、淡々と会計エクセルを起動させてファイルを開き、すぐ横でスマホが鳴っているのだが微動だにせず、画面をジッと見つめたまま、「阿木先輩、スマホ鳴ってますよ」と、浅枝が注意するまで気が付かない。取ろうとしたものの、手元が狂って床に落ちた。そこで、ぷつんと着信音が途絶える。
「……」
スマホを拾う様子は無い。何かに動揺しているという感じでもない。
ボーッと何やら考え込んで。
ほどなくしてスマホを拾い上げ、1つ溜め息をつくと、
「やっぱり今日はもう帰るわね。さよなら」
それだけ言うと、ギョウザを取り上げカバンに入れて生徒会室を出て行った。
「よかったー。あたし独りじゃなくて」と、浅枝はどこか怯えながら、俺の目を見つめる。
「それであのギョウザを薦められたら、怖くて断れなかったですぅ」
「俺も」
只事じゃない雰囲気。能面・無表情の阿木が、ギョウザを喰らう図。よく出来たホラー映画だ。
あのギョウザは、恐らく、右川亭の1番人気メニューだろう。
実際は、右川の親戚宅〝やました〟という定食屋の物だった。そこで働く従兄弟を慕って、家が遠いのを理由に右川は入り浸っている。そのせいで、仲間内ではそこを〝右川亭〟と呼ぶようになった。今まで、あいつが何かを誤魔化す時、詫びる時、様々なシーンに、あのギョウザが登場している。
俺も、何度も貰ったし、何度も喰ったし。
この部屋の中、既にその実態は無くとも、匂いだけは充満していた。もう、かなりの破壊力で。
〝2人で食べてね♪〟
いつかと同じ、ほっそりした文字だった。2人とは?誰と誰?普通に考えて、家族か。阿木家はたった2人きりの家族?そんな話は聞いた事がない。阿木にきょうだいは居ない。
阿木の様子から見て、そんな単純な事とは思えなかった。
右川が、阿木の一体どこをエグったのか。気になる。
それって、やっぱ男関係か。
俺の思考を遮るように、浅枝の腹が、ぐー……と鳴った。
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