God bless you!~第3話「その価値、1386円なり」
そろそろ舐めてかかる頃
中間テストを来週に控えて、部活が明日から休みになる。
今日を逃すとしばらくは動けない。そして今日は体育館を半分占領できる日。それで今日、俺は最初からずっと部活に顔を出した。
男子バレー部は、今年15人の新人を迎えた。
2ヶ月を経て、随分慣れたようで、次第に雑談する余裕まで出てくる。
「明日さ、おまえん家にバイク置かせてくんね?夕方取りに行くからさ」
と、最初はこそこそと。
「ちょ!1組の児島はヤバいって。オレ嫌だ!だったら加藤の方がマシ。胸デカいし」と、大声で。
そこでやっぱりというか3年キャプテンに怒られて、ランニングに飛び出した。
「おまえらさ、見てないで注意しろよ」
想定外、何故か2年の俺達も一緒になって怒られる。
確かに注意するのが先輩の役目とは思うものの、ついこないだまで先輩から怒られ続けた自分達が、どの面下げて後輩に先輩面できるというのか。黒川など、「タラタラしねーで、さっさと掃除しろよ」とか、いい気になってそんな事を言おうものなら、「よく言うよ。最強まったりクソ野郎が」と、3年からバッサリやられるのがオチである。それを分かっていて後輩叩きにチャレンジしようというハズい2年は皆無に等しい。
いつものように基本練習が始まり、久しぶり、ノリを相手に暴れた。
およそ15分のウォーミングアップで、文字通り身体が温まってきて、次第に動きも軽くなってくる。
すぐ横で、1年生もパス練を始めた。初心者は居ないと聞いていたが、みんな動きがどこか緩慢で、体育の時間と大差なく感じるのは気のせいだろうか。
「オレらって最初の頃、あんな酷かった?」
工藤がノリに訊ねるが、「それをオレらに訊くなよ」と、黒川が反らす。
5月になって緊張が融けた1年生は、6月に入り、ここに来てそろそろ舐めてかかる頃なのかもしれない。思えば浅枝など、生徒会を舐めているとは言わないが、態度はもう砕けて砕けて……最近は何の躊躇いもなく〝あつお〟〝バリィさん〟〝はまりん〟と言った、ゆるキャラ文具を自然に渡してくる。何の抵抗も無く使っているが、これは正統派文具が無くてもどうにかやれてしまうという事になり、お金も掛からなくて都合がいいやと続けてしまい、先生宛ての書類に付けたまま気付かず、松下先輩から怪訝な顔で注意されるまでその非常識に気が付かなかった。慣れと言うのは怖い。
アタック連打に入ると、3年と交代しながら、工藤と俺とでブロックを飛ぶ。
(飛べ!と言われる)
「おし!」と、工藤が喝を入れてくるので、「うし!」と、こっちも応えた。
(意味は無い)
アタッカーのジャンプと、わずかにズレて、こっちは踏み込む。ネット上から覗く腕の方向、ボールを見定めて抑え込んだ。隙を突いて相手の速攻が成功すると、「もっと読め!」と、俺達のブロックがダメ出し。弾かれてラインアウトになれば、「そんなのフォローもできねーよ」と、シラけて笑われる。
「最近さぁ、ボールじゃなくて、先輩の顔見てブロック飛んでる気がするよ」
工藤が情けない声を上げた。
「次期エースがそんな気の弱い事でどうすんだよ。しっかりしろや」と、黒川が蹴りを入れる。
「と、仲間が追い打ちをかけるのも可哀相だから、俺は黙ってるけどな」
成り行き上、黒川と熱く見詰め合った。(睨み合った、とも言う。)
アタック連打は、球拾いを交互にしながら1年生も加わった。
15人の中で、石原という男子が思いのほか重厚なアタックを決めて、3年生を驚かせている。俺のブロックを弾いて、それでもボールは勢いを失わずに相手コートに飛び込んだ。さっきテーピングで留めたばかりの指先の傷が、一瞬でパックリ開くと、「うわー」と、ノリが同情を寄せる。
かなり派手に赤く染まるが、見た目と違って、痛みは全く感じない。こういうのは後になってジワジワと来るのだ。「風呂が厄介だな」 とりあえずテープを二重巻きにして、今を凌ぐ。
「大丈夫っすか」
石原がさっそく気を使ってきた。
「うん、平気」
普段、紙ばかり扱っているので、指先が乾燥している。傷が出来やすく治りにくいのは、それが原因なのだ。「だーかーらー、気にしなくていいんだって」 それでも石原は、妙に顔色を窺ってくる。
「つーか、おまえ結構やるじゃん。パワー付いたな」
その重厚なアタックを褒め讃えた。石原とは中学からバレー部で先輩後輩の仲なので、最初から垣根は無い。褒め上げてやると、石原は、「や、もーいいっすよ。ヤバいっすよ」
恥ずかしそうに気のいい笑顔を向けて、さっそく球拾いに飛び回った。
うん。
可愛い後輩と言って差し支えない。
「ポジション奪われるかもしんないって野郎に、何笑って持ち上げてんだよ」
黒川に1番痛い所を突かれても、俺は後輩をアゲる事には全く抵抗が無かった。生徒会に関わった時点でレギュラーの座は諦めている。活きの良い後輩を妬むような向上心は持ち合わせていない。てゆうか、黒川だって、そんな物持ち合わせていないだろ。
「あのう、さっき女子の方から、フラッグ貸してくれって言われて、勝手に渡しちゃったんですけど」
その石原が、少し困った様子で伝えてきた。体育館の半分を使っている女子バレー部が、今日は試合形式でやるらしい。フラッグとは恐らく線審用のそれだろう。
「いいんじゃない。今日は無くても、どうにかやれるし」
それを聞いていた武闘派の3年が、「またかよ。てめーらで買えって言ってこいよ!」と、まるで簡単に渡した事を責めるように聞こえたのか、石原の体が縮こまった。
「いや、ダブって買うと無駄ですよ。フラッグが壊れたら壊れたで、女子側に買ってもらえばいいじゃないですか。そういうのは使い回して、部費は別の備品に充てた方が得です」
少々説明的ではあるが、先輩の気をそらしてみる。
「うりゃ!書記!」
さっそく軽い蹴りが入った。
「おまえさ、その無駄に回る口で、もちっと金引きだせねーのかよ」と、安の定、来ました。それは俺じゃなくて松下先輩に言って下さいよ。同輩でしょう……と言いたいのを、ここは我慢。同志を売り飛ばしてたまるもんか。
少々悪乗りして、「無理!無理無理」と、首を振ってオドけて見せたら、勢いの割に無邪気な武闘派3年は、「それをッ!どうにかッ!しろよッ!」と、軽いパンチを俺の胸辺りに連打。軽いと見せて結構、効く。
「もうブロック無理ですって!」
俺は、武闘派の攻撃から逃げ回った。
石原には、仲間と一緒になって笑う余裕が出てきたらしい。
シゴキを散々やって、ヘトヘトになる頃にようやく休憩が取られる。外の水場に全員で群がった。水を飲み、頭からカブり、さっそく黒川にタオルを奪われて……敵は味方の振りをする。
今日は外のゴールを使っている様子の、バスケ部を眺めた。永田会長は出ていないようだが、バカの方は居た。そう言えば、例の彼女。〝さしこ〟に似ているとかいう……その向こう、女子バスケ部を眺めて探ってみたけれど、どれが〝さしこ〟なのか、さっぱり分からない。
「久木さんって女子、どれだか分かる?」と、石原に訊いてみた。
石原は、頭から被った水をタオルで拭いながら、
「2番目のシュートに並んでる子ですよ。……今、シュートしました」
しばらく見ていると、永田の彼女にしては、割りと良い感じ。女子にしては背が高い方だと思った。
「〝さしこ〟とか自分で言ってるんですよ。全然似てませんし。もう止めろって、みんな言ってます」
うっかり笑った。噂なんて、そんなもん。
「僕、浅枝と同じクラスなんですけど。あいつ、どうっすか。使えますか?」
「それが思った以上に、助かってんだよ」
今も、俺が部活に出ている間、ほとんどをやってくれている。アクエリアスどころじゃない、コアな相棒になりそうだ。そう言えば冷蔵庫に残り1本、またストックを冷蔵庫に仕込んでおかないと。
「そりゃ沢村先輩の教え方がいいんですよ」
「俺、何んにも教えてない。てゆうか、教えなくても浅枝が頭いいから」
何も教えてないとは少々言い過ぎたか。それだけ浅枝の要領が、すこぶる良いと言う事である。
ちゃっかりポジティブだし。
今日を逃すとしばらくは動けない。そして今日は体育館を半分占領できる日。それで今日、俺は最初からずっと部活に顔を出した。
男子バレー部は、今年15人の新人を迎えた。
2ヶ月を経て、随分慣れたようで、次第に雑談する余裕まで出てくる。
「明日さ、おまえん家にバイク置かせてくんね?夕方取りに行くからさ」
と、最初はこそこそと。
「ちょ!1組の児島はヤバいって。オレ嫌だ!だったら加藤の方がマシ。胸デカいし」と、大声で。
そこでやっぱりというか3年キャプテンに怒られて、ランニングに飛び出した。
「おまえらさ、見てないで注意しろよ」
想定外、何故か2年の俺達も一緒になって怒られる。
確かに注意するのが先輩の役目とは思うものの、ついこないだまで先輩から怒られ続けた自分達が、どの面下げて後輩に先輩面できるというのか。黒川など、「タラタラしねーで、さっさと掃除しろよ」とか、いい気になってそんな事を言おうものなら、「よく言うよ。最強まったりクソ野郎が」と、3年からバッサリやられるのがオチである。それを分かっていて後輩叩きにチャレンジしようというハズい2年は皆無に等しい。
いつものように基本練習が始まり、久しぶり、ノリを相手に暴れた。
およそ15分のウォーミングアップで、文字通り身体が温まってきて、次第に動きも軽くなってくる。
すぐ横で、1年生もパス練を始めた。初心者は居ないと聞いていたが、みんな動きがどこか緩慢で、体育の時間と大差なく感じるのは気のせいだろうか。
「オレらって最初の頃、あんな酷かった?」
工藤がノリに訊ねるが、「それをオレらに訊くなよ」と、黒川が反らす。
5月になって緊張が融けた1年生は、6月に入り、ここに来てそろそろ舐めてかかる頃なのかもしれない。思えば浅枝など、生徒会を舐めているとは言わないが、態度はもう砕けて砕けて……最近は何の躊躇いもなく〝あつお〟〝バリィさん〟〝はまりん〟と言った、ゆるキャラ文具を自然に渡してくる。何の抵抗も無く使っているが、これは正統派文具が無くてもどうにかやれてしまうという事になり、お金も掛からなくて都合がいいやと続けてしまい、先生宛ての書類に付けたまま気付かず、松下先輩から怪訝な顔で注意されるまでその非常識に気が付かなかった。慣れと言うのは怖い。
アタック連打に入ると、3年と交代しながら、工藤と俺とでブロックを飛ぶ。
(飛べ!と言われる)
「おし!」と、工藤が喝を入れてくるので、「うし!」と、こっちも応えた。
(意味は無い)
アタッカーのジャンプと、わずかにズレて、こっちは踏み込む。ネット上から覗く腕の方向、ボールを見定めて抑え込んだ。隙を突いて相手の速攻が成功すると、「もっと読め!」と、俺達のブロックがダメ出し。弾かれてラインアウトになれば、「そんなのフォローもできねーよ」と、シラけて笑われる。
「最近さぁ、ボールじゃなくて、先輩の顔見てブロック飛んでる気がするよ」
工藤が情けない声を上げた。
「次期エースがそんな気の弱い事でどうすんだよ。しっかりしろや」と、黒川が蹴りを入れる。
「と、仲間が追い打ちをかけるのも可哀相だから、俺は黙ってるけどな」
成り行き上、黒川と熱く見詰め合った。(睨み合った、とも言う。)
アタック連打は、球拾いを交互にしながら1年生も加わった。
15人の中で、石原という男子が思いのほか重厚なアタックを決めて、3年生を驚かせている。俺のブロックを弾いて、それでもボールは勢いを失わずに相手コートに飛び込んだ。さっきテーピングで留めたばかりの指先の傷が、一瞬でパックリ開くと、「うわー」と、ノリが同情を寄せる。
かなり派手に赤く染まるが、見た目と違って、痛みは全く感じない。こういうのは後になってジワジワと来るのだ。「風呂が厄介だな」 とりあえずテープを二重巻きにして、今を凌ぐ。
「大丈夫っすか」
石原がさっそく気を使ってきた。
「うん、平気」
普段、紙ばかり扱っているので、指先が乾燥している。傷が出来やすく治りにくいのは、それが原因なのだ。「だーかーらー、気にしなくていいんだって」 それでも石原は、妙に顔色を窺ってくる。
「つーか、おまえ結構やるじゃん。パワー付いたな」
その重厚なアタックを褒め讃えた。石原とは中学からバレー部で先輩後輩の仲なので、最初から垣根は無い。褒め上げてやると、石原は、「や、もーいいっすよ。ヤバいっすよ」
恥ずかしそうに気のいい笑顔を向けて、さっそく球拾いに飛び回った。
うん。
可愛い後輩と言って差し支えない。
「ポジション奪われるかもしんないって野郎に、何笑って持ち上げてんだよ」
黒川に1番痛い所を突かれても、俺は後輩をアゲる事には全く抵抗が無かった。生徒会に関わった時点でレギュラーの座は諦めている。活きの良い後輩を妬むような向上心は持ち合わせていない。てゆうか、黒川だって、そんな物持ち合わせていないだろ。
「あのう、さっき女子の方から、フラッグ貸してくれって言われて、勝手に渡しちゃったんですけど」
その石原が、少し困った様子で伝えてきた。体育館の半分を使っている女子バレー部が、今日は試合形式でやるらしい。フラッグとは恐らく線審用のそれだろう。
「いいんじゃない。今日は無くても、どうにかやれるし」
それを聞いていた武闘派の3年が、「またかよ。てめーらで買えって言ってこいよ!」と、まるで簡単に渡した事を責めるように聞こえたのか、石原の体が縮こまった。
「いや、ダブって買うと無駄ですよ。フラッグが壊れたら壊れたで、女子側に買ってもらえばいいじゃないですか。そういうのは使い回して、部費は別の備品に充てた方が得です」
少々説明的ではあるが、先輩の気をそらしてみる。
「うりゃ!書記!」
さっそく軽い蹴りが入った。
「おまえさ、その無駄に回る口で、もちっと金引きだせねーのかよ」と、安の定、来ました。それは俺じゃなくて松下先輩に言って下さいよ。同輩でしょう……と言いたいのを、ここは我慢。同志を売り飛ばしてたまるもんか。
少々悪乗りして、「無理!無理無理」と、首を振ってオドけて見せたら、勢いの割に無邪気な武闘派3年は、「それをッ!どうにかッ!しろよッ!」と、軽いパンチを俺の胸辺りに連打。軽いと見せて結構、効く。
「もうブロック無理ですって!」
俺は、武闘派の攻撃から逃げ回った。
石原には、仲間と一緒になって笑う余裕が出てきたらしい。
シゴキを散々やって、ヘトヘトになる頃にようやく休憩が取られる。外の水場に全員で群がった。水を飲み、頭からカブり、さっそく黒川にタオルを奪われて……敵は味方の振りをする。
今日は外のゴールを使っている様子の、バスケ部を眺めた。永田会長は出ていないようだが、バカの方は居た。そう言えば、例の彼女。〝さしこ〟に似ているとかいう……その向こう、女子バスケ部を眺めて探ってみたけれど、どれが〝さしこ〟なのか、さっぱり分からない。
「久木さんって女子、どれだか分かる?」と、石原に訊いてみた。
石原は、頭から被った水をタオルで拭いながら、
「2番目のシュートに並んでる子ですよ。……今、シュートしました」
しばらく見ていると、永田の彼女にしては、割りと良い感じ。女子にしては背が高い方だと思った。
「〝さしこ〟とか自分で言ってるんですよ。全然似てませんし。もう止めろって、みんな言ってます」
うっかり笑った。噂なんて、そんなもん。
「僕、浅枝と同じクラスなんですけど。あいつ、どうっすか。使えますか?」
「それが思った以上に、助かってんだよ」
今も、俺が部活に出ている間、ほとんどをやってくれている。アクエリアスどころじゃない、コアな相棒になりそうだ。そう言えば冷蔵庫に残り1本、またストックを冷蔵庫に仕込んでおかないと。
「そりゃ沢村先輩の教え方がいいんですよ」
「俺、何んにも教えてない。てゆうか、教えなくても浅枝が頭いいから」
何も教えてないとは少々言い過ぎたか。それだけ浅枝の要領が、すこぶる良いと言う事である。
ちゃっかりポジティブだし。