鈍感過ぎる彼女の恋は。《完》
「失礼します。」
扉を開けた先には、いつかどこかで見た光景。
腕を組み、デスクに腰をかけこちらを見る彼の姿がここに最初に連れて来られた時と重なる。
最近の事なのに随分昔のことのように感じるのは、この1週間ちょっと濃密な時間を過ごしたからか。
相変わらず威圧感たっぷりの彼は眉間に皺を寄せひと言。
「遅い。俺を待たせるな。」
「すみません」
すこぶる機嫌が悪いようだ。
3日も何処へ行ってたの?とか、婚約者がいるのにどうしてあんな事したの?とか、聞きたい事は山程あるのに。
私は一秘書、彼の部下。
彼女でも何でもないのにそんな事聞けないし、聞いて傷付く勇気は今はない。
「泣いてたのか?」
ああ、この人はどうして、少しの変化にも気付いてしまうのか。
ここに来る前にトイレで涙の跡がないか確認したと言うのに。
「いえ。大丈夫ですので。」
私はそれだけ言うと自分のデスクに向かう。
彼の目を見たら冷静さを保てなくなる気がして、少し不自然だったかもしれないけどそこは許してほしい。
もう少し…もう少し時間が経てば慣れるから。