溺愛ペット契約~御曹司の甘いしつけ~
クリスマスイブはタクシーも忙しいのか空車がなかなか捕まらず、三十分ほど大通りをウロウロしてやっと拾うことができた。しかし道路も混んでいて、気持ちは焦るばかり。
やっとの思いでマンションの前に到着すると、足がもつれそうになりながらエントランスに駆け込む。
そして最上階のペントハウスに向かうべく、エレベーターホールを目指そうとしたとき。
「水樹さま! お待ちください!」
カウンターから慌てて声を掛けられ、びっくりして振り返る。私を呼び止めたのは、いつも落ち着いた笑みをたたえて住人の出入りを見守るコンシェルジュの男性だ。
けれど今はその笑みが消え、瞳にかすかな動揺が見える。……いったいどうしたんだろう。
不思議に思いながらカウンターのそばに近づくと、彼は言いにくそうに口を開く。
「……甲斐さまは、今お部屋にはおられません」
「え……まだ、帰ってないんですか?」
「帰っていない、といいますか……実はその……」
そこまで言って、口ごもってしまう男性。何かを言おうか言うまいか、かなり迷っている様子だ。
なんだろう、嫌な予感がする……。でも、聞かないわけにはいかない。
「そこまで言って黙るのとかなしですよ……」
「ええ。わかってはいるのですが……。実は、甲斐様は――」
コンシェルジュの男性が心苦しそうに教えてくれた事実をのみ込むのに、数十秒かかった。
「海外、出張……?」
頭の中は真っ白になり、全身の力が抜け、その場にぺたんと座り込んでしまう。
『ああ……サヨナラだ。二度と会うこともない』
あれは……“そういう意味”、だったんだ。どうして今まで黙ってたの……?
蓮人が別れ際に残した言葉を本当の意味で理解した私は、やりきれない想いだけを抱えたまま、しばらくその場から動けなかった。