溺愛ペット契約~御曹司の甘いしつけ~
そうは言っても、“凱旋”という言葉を使うあたり、やはりメジャーデビューが決まっているのではないだろうか、と俺でも予想してしまう。
もし、それが本当なら……。
『夢が叶ったら、私を迎えに来るって』
――まだ稀華と暮らし始めて間もない頃、本人から電話でそう言われたと、彼女は言っていた。
その時の俺は『どうせ口だけだろ』とまともに取り合わなかったが、実際デビューが決まり、夢を叶えた“リーチ”が彼女を迎えに来る。
……そうなったら、俺はどうする?
自問自答している間に、ロッテンアップルズの演奏が始まった。客席全体がリズムに乗って揺れ、けれど俺だけは微動だにせず立ち尽くしていた。
「内藤……悪い」
「え? なんだって?」
演奏の大音量に負けて、俺の声が届かないらしい。内藤が耳に手を当てて俺に一歩近づく。
「……俺は先に帰る。聴いてられねぇ」
「え、まだ始まったばっか……あ、おい」
呆然とする内藤を残して、俺は人波をかき分け出口を目指した。あのギタリストが稀華の言う“リーチ”なのかどうか確証はない。なのに、俺は焦燥に駆られていてもたってもいられなくなってしまった。
いつか……近いうちに、稀華をアイツのもとに返さなければならない日が来る。
だったら、俺はこの気持ちをどこへやったらいいんだ……。