Powder  Snow
 周囲は年末年始で忙しそうだった。遠矢も家族の手伝いをしながら、お正月という年に一度のイベントの準備を行った。まず科せられたのは、大掃除だった。自分の部屋から、台所、トイレ、廊下など、母親の指示に従い、家中の掃除を任された。
 共働きの両親と受験生の弟がいる遠矢の家では、遠矢が一番手が空いていたのだ。
 部活も休みに入って暇を持て余していたのは事実だったので、年に一度の辛抱かと、冷たい水の入ったバケツを持ちながら、遠矢は家の中を掃除してまわった。
 そのとき、ポケットに入れていた携帯がブルブルと振動した。
 相手はなんとなく予想ができていた。
 おそらく高塚だろうなと、遠矢は携帯を取り出し画面を見た。
 丁寧にタイトルまでついて、遠矢の予想通り、そのメールは美紀からだった。
 タイトルは『お正月』。内容は、今何をしているかという、いつものメールだった。美紀は遠矢同様お正月の準備をしているらしく、忙しいという。
 千秋と啓一と会った日、遠矢は美紀にメールを送った。『話があるから近いうちに会えないか?』というメールだ。
 もちろん、話というのは、別れ話だ。
 千秋の前で、はっきりと『別れる』と宣言してしまった手前、すぐに別れ話を切り出そうと思ったのだ。勢いもあったかもしれない。千秋に会って、千秋に対する気持ちが溢れてしまったのだ。
 しかし、美紀はその別れ話を察知してか、しばらく会えないと言ってきた。電話やメールで終わらせてしまうこともできたが、美紀をこれ以上傷つけることはできないと、直接会って話がしたかった。
 啓一に相談すると『中途半端に別れ話だって匂わせるから悪いんだよ』と、逆に怒られてしまった。
 ただ、美紀は美紀で受身でいるわけではなかった。
 忙しいのは口実だとわかっているが、忙しいというわりにメールが頻繁に送られてくる。今日あったことや思ったことなど、別れ話を切り出す前と変わらず、メールが届いた。遠矢も無視するわけにもいかず、それにいつも通りの返事を送る。
 結局、別れ話をしようという件はうやむやになり、交際は続いてしまった。
 時期も悪かったかもしれない。学校があれば直接会いにいくこともできるのだが、今は休み中でほとんど外出もしない。ましてや、美紀の家を知らない遠矢は、美紀に会いにいくこともできないのだ。
 遠矢は困り果てたが、何もできず、美紀の作戦にはまっていた。
 このまま休みが明けるまで、交際は終わらない。
 その間に、美紀は何かまた、手を考えるだろう。遠矢と別れない方法を。
 元々、付き合うときに『まずは休みの間、お試しで』と約束をしている。休みが終われば、お試し期間も終わるのだが。
 きちんと伝えなければいけないだろう。
 遠矢は自身と同じ傷を持つ美紀に、これ以上、同じ痛みを味あわせたくなかった。

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