Powder Snow
年が明け、お正月ムードが漂う中、大学の合格通知が届いた。美紀は家族と一緒に合格を祝い、上機嫌だった。
早速担任の教師に報告しなくてはと、学校に足を運んだ。
職員室に顔を出すと、バレー部の顧問が声をかけてきた。美紀は大学合格の通知を見せると、顧問は「よくやったな」と、美紀の頭を小さく叩いた。
こんなに晴れ晴れとした気分になったのは、久しぶりだった。
長年の片思いが実って浮かれていた冬休み。大学のことなどすっかり忘れ、片思いの相手、遠矢のことばかりを考えていた。幸せだった。
しかし、幸せは続かなかった。
元々お試しで付き合うこととなったので、別れ、というものを覚悟していなかったわけではない。ただ、幸せな時間を味わってしまったために、その幸せが壊れると思うと、急に恐怖という感情がこみ上げてきた。
『話がある』という遠矢からのメールが、明るいものではないことはすぐに察知した。
それが、別れ話であることも、遠矢の短いメールの文面から読み取れた。
覚悟はしていた。付き合えただけでいいじゃないかと、言い聞かせたこともあった。
でも。
やっと手に入れた幸せを、自ら手放したくはなかった。
休みが明ければ契約も終わり、今の関係もなくなってしまう。そうなる前に、何か手はないかと考えていた。しかし、考えても何も浮かんではこなかった。遠矢に直接会わないことで、別れを引き伸ばすことはできたが、結局、遠矢に別れ話をさせないように仕向けただけで、何の解決にもなっていなかった。
ずっとそんなことを考えていたので、この年末年始は暗くなってしまった。
元気のない美紀を家族も心配していたが、大学の合格通知が届き、美紀にも笑顔がもどった。
久々の嬉しいニュースに、美紀の心も穏やかになっていた。
美紀は職員室にいなかった担任教師の居場所を探した。職員室で待っていれば戻ってくるかとも思ったが、早く報告したいという気持ちから、黙って待っていることができなかった。
先ずは教室へ行ってみた。何か作業をしている可能性があったからだ。しかし、教室には誰もいなかった。
次に向かった先は、社会科準備室だった。担任の教師は社会科の先生なので、社会科準備室でコーヒーを飲んで休憩をしていることがあった。
社会科準備室は3階だった。美紀は階段をのぼっていった。
そのとき、階段を下りてきた人影に美紀は声をかけられた。低い、単調な声音で。
「高塚、なんで学校に?」
名前を呼ばれたことも、言葉を交わしたこともなかった。ただ、顔と名前は知っている。有名人というだけではない。美紀の片思いの相手、遠矢の隣にいつもいるので、覚えていたのだ。恐ろしくキレイな顔をした、春名啓一という男を。
「大学の、合格の通知が届いたから、担任に報告に…」
「へぇ、受かったの。おめでとう」
「ありがとう…。」
啓一がこうして話しかけてくるのは、自分が遠矢の彼女になったせいだと、美紀は思った。以前の啓一なら、無言で通りすぎていっただろう。
「春名くんは、どうして学校に?」
「担任に呼び出されたんだよ。そろそろ進路希望の紙出せって、うるさくてさ。ま、今もテキトウに言って逃げてきたけど」
「まだ出してなかったの?進路、決めてないの?」
「ああ、決めてない。決めたとしても、学校に知らせる意味がわからないし、報告はしないよ」
まるで、美紀がわざわざ合格の知らせを報告しに来たことをバカにする言い方だった。そこで初めて、美紀は啓一の言いようのない雰囲気を感じ取った。
「じゃ、私、いくね。先生探さなきゃ」
「そうだね。報告しなくちゃね」
「うん、それじゃ…」
「あ、そうだ」
啓一は美紀の腕を掴んだ。そして、鋭い目つきで美紀を睨んだ。
「遠矢くん、困ってたよ。見苦しい女」
「え?」
啓一の口から出た言葉が信じられなくて、美紀は目を見張った。
「遠矢はね、ずっと心に決めた女がいるんだよ。君がいくらマネたところで、マネはマネ。コピーがオリジナルには勝てないんだよ」
「それは…私のことよね。マネだなんて、そんな…」
「そう?中学1年のときは髪も真っ黒で手入れなんてしてなかったし、体育会系の部活に入るような子じゃなかったと思うけど?ま、少々キツイ性格は似てたかもしれないけどね。これ以上言って、まだ恥をかきたい?」
「………」
美紀は言葉を失った。啓一の瞳の奥に、冷たい炎が見えた。
「悪あがきしてても、自分が惨めになっていくだけだよ。嫌われる前に自分から引いた方が、まだマシじゃない?これは忠告。後は君次第だ」
啓一は美紀の手を離すと、階段を下りていった。美紀は消えていく啓一の頭に、声を振り絞った。
「どうして、どうして春名くんが口を出してくるのっ?友達だから?」
啓一は足を止め、顔を前に向けたまま唇だけ持ち上げた。
「友人だっていうだけで、ここまでできるかよ」
それだけを言い残し、啓一は去っていった。
残された美紀は、その場に崩れた。
「なんなのよ…なんなのよっ…!」
『コピーがオリジナルには勝てないんだよ』
わかってるよ。わかってるわよ。
美紀は唇を噛んだ。血が、滲み出るほどに。
早速担任の教師に報告しなくてはと、学校に足を運んだ。
職員室に顔を出すと、バレー部の顧問が声をかけてきた。美紀は大学合格の通知を見せると、顧問は「よくやったな」と、美紀の頭を小さく叩いた。
こんなに晴れ晴れとした気分になったのは、久しぶりだった。
長年の片思いが実って浮かれていた冬休み。大学のことなどすっかり忘れ、片思いの相手、遠矢のことばかりを考えていた。幸せだった。
しかし、幸せは続かなかった。
元々お試しで付き合うこととなったので、別れ、というものを覚悟していなかったわけではない。ただ、幸せな時間を味わってしまったために、その幸せが壊れると思うと、急に恐怖という感情がこみ上げてきた。
『話がある』という遠矢からのメールが、明るいものではないことはすぐに察知した。
それが、別れ話であることも、遠矢の短いメールの文面から読み取れた。
覚悟はしていた。付き合えただけでいいじゃないかと、言い聞かせたこともあった。
でも。
やっと手に入れた幸せを、自ら手放したくはなかった。
休みが明ければ契約も終わり、今の関係もなくなってしまう。そうなる前に、何か手はないかと考えていた。しかし、考えても何も浮かんではこなかった。遠矢に直接会わないことで、別れを引き伸ばすことはできたが、結局、遠矢に別れ話をさせないように仕向けただけで、何の解決にもなっていなかった。
ずっとそんなことを考えていたので、この年末年始は暗くなってしまった。
元気のない美紀を家族も心配していたが、大学の合格通知が届き、美紀にも笑顔がもどった。
久々の嬉しいニュースに、美紀の心も穏やかになっていた。
美紀は職員室にいなかった担任教師の居場所を探した。職員室で待っていれば戻ってくるかとも思ったが、早く報告したいという気持ちから、黙って待っていることができなかった。
先ずは教室へ行ってみた。何か作業をしている可能性があったからだ。しかし、教室には誰もいなかった。
次に向かった先は、社会科準備室だった。担任の教師は社会科の先生なので、社会科準備室でコーヒーを飲んで休憩をしていることがあった。
社会科準備室は3階だった。美紀は階段をのぼっていった。
そのとき、階段を下りてきた人影に美紀は声をかけられた。低い、単調な声音で。
「高塚、なんで学校に?」
名前を呼ばれたことも、言葉を交わしたこともなかった。ただ、顔と名前は知っている。有名人というだけではない。美紀の片思いの相手、遠矢の隣にいつもいるので、覚えていたのだ。恐ろしくキレイな顔をした、春名啓一という男を。
「大学の、合格の通知が届いたから、担任に報告に…」
「へぇ、受かったの。おめでとう」
「ありがとう…。」
啓一がこうして話しかけてくるのは、自分が遠矢の彼女になったせいだと、美紀は思った。以前の啓一なら、無言で通りすぎていっただろう。
「春名くんは、どうして学校に?」
「担任に呼び出されたんだよ。そろそろ進路希望の紙出せって、うるさくてさ。ま、今もテキトウに言って逃げてきたけど」
「まだ出してなかったの?進路、決めてないの?」
「ああ、決めてない。決めたとしても、学校に知らせる意味がわからないし、報告はしないよ」
まるで、美紀がわざわざ合格の知らせを報告しに来たことをバカにする言い方だった。そこで初めて、美紀は啓一の言いようのない雰囲気を感じ取った。
「じゃ、私、いくね。先生探さなきゃ」
「そうだね。報告しなくちゃね」
「うん、それじゃ…」
「あ、そうだ」
啓一は美紀の腕を掴んだ。そして、鋭い目つきで美紀を睨んだ。
「遠矢くん、困ってたよ。見苦しい女」
「え?」
啓一の口から出た言葉が信じられなくて、美紀は目を見張った。
「遠矢はね、ずっと心に決めた女がいるんだよ。君がいくらマネたところで、マネはマネ。コピーがオリジナルには勝てないんだよ」
「それは…私のことよね。マネだなんて、そんな…」
「そう?中学1年のときは髪も真っ黒で手入れなんてしてなかったし、体育会系の部活に入るような子じゃなかったと思うけど?ま、少々キツイ性格は似てたかもしれないけどね。これ以上言って、まだ恥をかきたい?」
「………」
美紀は言葉を失った。啓一の瞳の奥に、冷たい炎が見えた。
「悪あがきしてても、自分が惨めになっていくだけだよ。嫌われる前に自分から引いた方が、まだマシじゃない?これは忠告。後は君次第だ」
啓一は美紀の手を離すと、階段を下りていった。美紀は消えていく啓一の頭に、声を振り絞った。
「どうして、どうして春名くんが口を出してくるのっ?友達だから?」
啓一は足を止め、顔を前に向けたまま唇だけ持ち上げた。
「友人だっていうだけで、ここまでできるかよ」
それだけを言い残し、啓一は去っていった。
残された美紀は、その場に崩れた。
「なんなのよ…なんなのよっ…!」
『コピーがオリジナルには勝てないんだよ』
わかってるよ。わかってるわよ。
美紀は唇を噛んだ。血が、滲み出るほどに。