Powder  Snow
ご無沙汰していた部活に顔を出していた。久しぶりの体育館に、遠矢は嬉しくなった。受験の結果が出るまで顔を出せないと決めていたので、やっといい報告ができた。顧問の先生も、後輩も、一緒に喜んでくれた。
 中学からやっていたバスケを高校でも続けた。
 単純にバスケが好きだったのもあるが、千秋がバスケ部のマネージャーをすると聞いたので、それが決定的になった。
 依存的。情けない。女々しい。自分でもそれらの言葉が降りかかることはわかっているが、当時の自分は、千秋と少しでも同じ時間を過ごしたかったのだ。
 たまたま三年間クラスが同じになったが、そうでなければ、なかなか一緒にいられる機会はない。『同じ部活』という条件は、とても美味しいものだった。
「遠矢先輩!千秋先輩と同伴なんて相変わらずお似合いっすね!」
「とうとうお付き合い始まったんですかー?」
「バーカ、ちげぇよ。たまたま息抜きに顔出したいっていうからついてきたの」
 本日の結果報告は、千秋も一緒だった。
 千秋はまだ結果が出ていないので、ただ遊びにきただけだが、それでも、こうして一緒に部活に顔を出せるのは嬉しかった。
 片思いが確定しても、千秋の行動ひとつに一喜一憂してしまう自分がいる。
「先輩!この前、北高との練習試合、圧勝だったんですよ!」
「来週もあるんで、見に来てくださいよ!」
「そーそー!千秋先輩も一緒に!」
「ああ、行けたら顔出すよ。千秋にも言っとく」
「絶対ですよ!」
 後輩たちも遠矢と千秋の2ショットは嬉しかったようで、無邪気にはしゃいだ。
しかし、後輩女子マネージャーたちに千秋は連れていかれてしまった。これ以上練習の邪魔になりたくないので退散しようと思ったが、まだ帰ってこない。仕方なく迎えにいくことにした。
「じゃあ、練習頑張れよ」
 後輩たちは元気に「はい!」と返してきた。可愛い後輩たちだと、遠矢は思った。
 遠矢は千秋が連れて行かれた体育館倉庫に向かった。すると、戸の近くから騒がしい声が聞こえた。
「千秋先輩はいいなぁーあの、春名先輩と仲良くて!」
「超、超、美形で、この前、すれ違っただけで気絶するかと思いました!」
「あんなにキレイな一般人いないっすよねー芸能界でも通用するっしょ」
 噂の的、『春名』は、啓一のことだった。抜群に容姿のいい啓一は、後輩たちからの人気も圧倒的だった。
 マネージャーたちの会話はまだ続いた。
 女はよくそんな話題をずっと続けていられるなと思いながら、遠矢も耳を傾けた。
「―――でも、やっぱり一番羨ましいのは!」
「そうそう!」
 クスクスとした笑い声のあとに、マネージャーふたりが声を揃えた。
「「瀬名先輩!」」
 遠矢は思わず噴出しそうになった口を押さえた。
 『瀬名』とは、遠矢の苗字だ。思わぬところで自分の名前が出て、驚きは隠せなかった。
「え、遠矢?」
 千秋も驚いている様子だった。
「だって、我らがバスケ部のキャプテンでバスケは巧いし、頭はいいし、顔だって、小顔で整ってるし。文句のつけようがないじゃないですか!」
「憧れている後輩いっぱいいますよー。落ち着いてるし、大人っぽいし」
「千秋先輩だって、いつもはなんでもひとりでこなすのに、瀬名先輩には頼ってるじゃないですか!」
「ああ、そう、かな…」
 遠矢の心臓はドクドクしていた。
落ち着いている?大人っぽい?―――まさかっ!
彼女たちの言葉が、恥ずかしくてしょうがなかった。本当の自分は、情けなくて、軟弱で、いくじなしで、たったひとりの女の子に踊らされているのに。
遠矢はその場にいにくくて、戸をノックした。これ以上は、聞いていられなかったのだ。
「きゃあ!先輩!」
「聞いてましたっ?」
 遠矢の顔は赤くなっていた。
「………練習、始まるから」
 それだけで精一杯だった。
 後輩マネージャーたちは「失礼します!」と言って、部活に戻っていった。
 遠矢の後ろで、千秋の笑い声が聞こえた。
「………なんだよ」
「ううん、別にー」
 ふふふふと、千秋の笑い声は止まらなかった。
 何度も「だから、なんだよ!」と訊くと、千秋はニンマリとして「内緒ー」と言って、教えてくれなかった。
 どうせ、困惑してる俺が可笑しいんだろと、遠矢は思った。
 でも、それでも。
 千秋と笑いながら歩く道は、とても居心地がよかった。
 寒さなんて吹っ飛ぶくらい、胸も穏やかで暖かになった。
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