Powder  Snow
 終業式が終わると同時に、3年生は帰宅となった。担任教師は「くれぐれも寄り道などしないように」と注意していたが、そんなお決まりの文句、誰もきくわけがない。
 遠矢たちもまた、啓一の発案でカラオケに来ていた。
 学校の近くの駅前にあるそのカラオケ屋は、学校帰りの生徒で溢れていた。考えることはみんな同じだということだ。
 遠矢も同じバスケ部の友人に会い、少し言葉を交わした。時間あったら顔出せよと言われ、テキトウに返事をしておいた。
 カウンターで少し待たされた後、遠矢たちは510番の部屋に案内された。
 明るいのは恥ずかしいという千秋の要望で、啓一は照明をしぼって暗くした。ギリギリ歌本の字が見えるくらいだった。
 啓一は手際よくマイクの『消毒済』というビニールを外し、千秋と遠矢にマイクを渡した。
「え、俺、最初?無理だって!」
「あたしも最初嫌だよぉー」
「いいじゃん、どっちかから歌いなよ。上手いんだから」
「上手い順って言うんなら、啓一、お前が一番上手いだろ!」
「俺は永遠の3番手だから、駄目ー」
「意味わかんねぇし!」
 3人の間でマイクがまわっていると、横でピッという音がした。音の方を見ると、リモコンを持って機械に曲をセットしている浩輔がいた。
「マイク」
「あ、はい。はいはい!」
 遠矢は浩輔にマイクを渡すと、浩輔はそのマイクのスイッチを入れ「あーあー」と、声の調子を整え始めた。
 するとイントロが流れ始め、曲が始まった。ミスチルの『名もなき詩』だ。
「意外だなぁーカラオケ好きだったのかな」
 啓一が歌を邪魔しない程度の小声で言った。
「うーん、確かに、場所がカラオケに決まったとき、文句ひとつ言わなかったもんな。浩輔のことだから嫌がるかと思ったのに」
「だよね、だよね。やっぱり実は好きなんだよ」
 遠矢と啓一がコソコソ話をしていると、マイク越しで浩輔が。
「おい、そこのふたり。次の曲、入ってないぞ」
 と、エコーのかかった声で言ってきた。
 遠矢と啓一は「はい!」と言いながら分厚い歌本で曲を探した。
 遠矢は得意の曲を見つけると、リモコンでそれをセットした。
「あ、ズルイ!次俺っ!」
 自称『3番手の男』の啓一も、遠矢に続いた。
 ふたりが次々と曲を入れたので、千秋は慌てて曲を探し始めた。「えーん、ふたりとも早いー」と、小声で訴えた。
 浩輔とカラオケに行くのは初めてだったが、千秋と啓一とは何度かカラオケに来たことがあった。
 千秋は女の子が歌うような明るい曲が多かったし、啓一は洋楽ばかりをセレクトした。ふたりともキレイな声をしているので、どんな歌も心地よく胸に響いた。
 浩輔の1曲目が終わり、遠矢の番になった。遠矢は少し緊張しながら、やっぱり一度マイク越しで「あーあー」と声を確かめた。
 遠矢は流れてくる曲に合わせ、唇を開いた。
 声を張り上げるのは久しぶりで、気持ちがよかった。
 それぞれ一回ずつ歌い終わると、その後は順番など関係なしに歌いたい曲を入れていった。実はカラオケ好きが発覚した浩輔が一番曲を入れていた。
 1時間くらい時間が経った後、啓一がジュースの追加はないか訊いてきた。千秋はオレンジ、浩輔はコーラ、遠矢はウーロン茶をお願いした。啓一は部屋に備え付けてある電話でジュースを注文すると、マイクを持って、丁度流れてきた遠矢の曲を歌い始めた。
「おい、これ俺の!」
「いいじゃーん、俺も歌いたかったしー」
「後から自分で入れろよ」
「千秋ちゃんと浩輔に同じ曲2回聴かせるの嫌だろー?俺の方が上手いし、譲ってよ」
「あのなぁ」
 と言いつつ、曲は流れている。啓一はその曲を持ち前の美声を使って披露した。
 こうなった啓一を止められないことはわかっている。遠矢は、嘆息をついた。
 遠矢は諦めて「便所」といって席を立った。
 トイレは部屋を出て右の奥にあった。遠矢はトイレに向かって歩き出し、目的地まで急いだ。
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