魔法あります
第二話 青い鳥

そんな日常

「ハイ、チーズ!」

 俺たちにカメラを向けながら、武内さんが元気良く声をかける。ベンチに並んで座るハッちゃんたちは、シャッターを切られるたび可愛らしいポーズをとっていた。
 武内さんが「たまや」へ来るようになって、この店はかなりかしましくなった。武内さんがだけでも十分にぎやかしいのに、ハッちゃんたちが「猫仲間」を連れてくるようになったため、男の俺は身の置き所に困るほどの騒々しさだ。

「司くん、いっつもピースだね。もっと可愛いポーズとらなきゃ」

 オレンジっぽい茶色の髪をツインテールにしたエミリーが、顔の横でダブルピースを作って言う。この子は見た目はハッちゃんと同じくらいの歳の女の子だ。元は青目の茶トラ猫なのだという。

「俺が可愛いポーズしてどうするんだよ」
「じゃあ代わりにミケコが頑張るね!」
「ああ! ミケちゃん可愛い! 現像したらおばあちゃんにあげようね」

 武内さんをとろかす悩殺ポーズをとったのはちびっ子ミケコで、名前の通り三毛猫のちびである。飼い主であるおばあちゃんの肩もみをしたくて人間に変身しているらしい。
 他には今日この場にいないクールビューティーな黒猫のヌイや、深窓の令嬢のようなロシアンブルーの雫などがいる。
 こんなふうにハッちゃんの猫仲間の情報を知ることができたのは、武内さんのおかげだ。
 そう、俺がハッちゃんたちのプライバシー保護のために伏せていた情報は、当の本人たちによってあっけなくバラされていたのだ。
「春香ちゃんになら話していいと思ったんだもん」とハッちゃんは言い、「猫が変身するなんて素敵だよね!」と武内さんは受け止めた。
 全く、拍子抜けしてしまう。
 おまけに「女の子同士のナイショ話」と称してしょっちゅうコソコソ話しはじめるから、気になって仕方がない。

「そういえば、この前の花火大会のときの写真現像したよ」

 ひらりと数枚の写真を武内さんは差し出してきた。写真部なだけあって、よく撮れている。
 写真の中には、浴衣を着て笑う橋本&松野カップルと、俺と田中が写っていた。
 当初の予定では、橋本たちと俺と武内さんの四人でダブルデートのような形態で花火を見るはずだったけれど、その情報をどこからか謎のセンサーで嗅ぎつけた田中が急遽参加することになったのだ。
 橋本は「空気読めよー」なんて言っていたけれど、俺としては非常に助かった。
 田中は盛り上げるのが上手で、話題に詰まれば適度な笑いを提供し、女子たちの食べ物や飲み物がなくなればサッといなくなって調達してくるという紳士ぶりを発揮した。
 四人だけだったらきっとしばしば沈黙を持て余すことになっただろうが、田中が緩和剤として素晴らしい働きをしてくれたおかげで、かなり楽しい時間を過ごすことができた。
 部活が忙しくて暇がないだけで、おそらく男三人の中では田中が一番モテるに違いない。花火が終わって解散というときに女子二人が、「また田中くんと遊びたいね」と言っていたくらいだから、橋本も暢気に構えてはいられないだろう。
 部活が忙しい奴だから実現は先になるだろうけれど、俺もまた田中と遊びたい。むしろ俺も女の子になって、田中と付き合いたい。そう本人に伝えると、「お前が女になってもたぶん美少女じゃないから無理」と断られてしまった。

「ハッちゃんのお耳と尻尾、どうにかならないかなぁ。可愛いけどコーディネートが限られちゃうもんね」
「オシャレしたいよー」

 少し前から、武内さんとハッちゃんの話題は、ハッちゃんがなぜ人間になりきれていないのかということが中心になっている。
 タマさん曰く、ハッちゃんは元々魔法との縁が薄いらしい。それを俺が介入したことによって変身するきっかけを得ただけだから、そのせいで不自然な部分があるのではないかということだった。
 それを聞いて武内さんは、「それなら縁を深められたらいいのかな」と言い、ハッちゃんと猫町を巡るツアーを計画中らしい。
「たまや」が魔法を扱うお店とわかってから、武内さんは隙あらばタマさんにこの町の魔法について尋ねている。武内さんは柔軟なだけでなく好奇心も旺盛だ。俺なんて「魔法はあるのか。すげぇな」という感じだったのに、武内さんは「どういう魔法がどういう仕組みでどういう条件で発動するのか」ということまで知りたいらしい。しかもこれが疑り深さゆえのことではなく、信じた上でのことだからすごいと思う。

「数学でも、その公式を使うのもその公式の正しさもわかってはいるんだけど、丸暗記って苦手だから、一度自分で分解して組み立て直して理解して覚えたいの」というのが武内さんの言い分で、魔法に対してもそういう姿勢みたいだ。
 そんな武内さんの質問攻めでわかったこの町の魔法というのは、簡単にいうと「小さな奇跡の集まり」らしい。
 タマさんが言うには、「かつての『たまや』の店主の、この町を住み良くしたいという願いと、この町に住んでいる人々の優しさと夢」で魔法はできているらしい。
 武内さんは「そういうフワッとした説明じゃなくて、もっと具体的なことを知りたいんです」と言い、タマさんは「司くんは疑問を持たなすぎだし、春香ちゃんは難しく考えすぎ。こういうのはフワッとしているくらいがいいの」と返していた。
 とにかくこの町には、魔法を発動させるための仕掛けやらカラクリやらがたくさん残されており、それを発動させるためのスイッチの役割を果たす道具の使い方や呪文を考えるのが俺の仕事ということらしい。

「うー。ハッちゃんの耳と尻尾をどうにかしてあげたいー! 安達くんももっと魔法の秘密について考えようよー」

 アイスしか食していないはずなのに、武内さんは酔っ払いのようだ。この人、絶対に絡み酒をするタイプだと確信した。

「俺はさ、数学の公式とかみたいな、偉い人が考えたものについては逆らわず、ありがたいなぁってそのまま受け入れるタイプなんだ。魔法も、そんな感じでいいと思ってる」
「安達くんって探究心に欠けるー」
「秘密は秘密のままにしておいたほうがいいこともあると思うよ。そうじゃないとさ、彼氏ができたらがっかりすることを自分で増やすことになるんじゃないかな」
「何でそういうこと言うのよー」

 武内さんは頬をふくらませてポカポカと俺を叩いてくる。それを見てハッちゃんたちも真似してポカポカとやりはじめるから、あっという間に団子状になってしまった。
 魔法を求めてやってくるお客さんを迎えるために、ほぼ毎日「たまや」にやって来てはいるが、こうして武内さんと猫娘たちにもみくちゃにされるのみの日々だ。
< 10 / 28 >

この作品をシェア

pagetop