魔法あります
「あたしはね、主が死んでしまったあとも、主が愛したこの町と、『たまや』を守りたくて、神様とやらに祈ったんだよ。どうかあたしに力をください――って。そうして得たのが、この体。……たぶん、聞き届けてくれたのは神様じゃなくて、主が残した魔法なんだと思うんだけど、そうしてあたしは人間になったの」
ああ、この目――突然の既視感が俺を襲う。
この目を知っていると、最近どこかで俺は思ったのだ。それはいつのことだったのか、目を閉じて思い出してみる。
綺麗だけれど、どこか怪しげな光を放つその瞳。きりりとした眼差し。
「――あ!」
パズルの最後のピースがぴたりとハマるように、俺の頭の中で、物事がひとつに結びつく感覚がした。
「タマさんって、猫だったんですか……?」
俺の問いに、タマさんはこくりと頷いた。
「……気づかれちゃったか。春香ちゃんに写真を撮られたときから、こうやって話す日は近いんだろうとは思ってたんだけど」
そう言って、照れたように笑った。
「タマさんも、ハッちゃんたちみたいに魔法で?」
「ううん。あたしの場合は猫としても随分生きてたから、人間たちが言うところの猫又とか化け猫に近くなってたんだろうね。だから、あの子たちよりこの姿になるのも自由がきくかな」
「……ってことは、タマさんって妖怪ってこと?」
「司くん、レディを捕まえてなんてこと言うんだい!」
恐ろしげな存在が目の前にいるような気持ちにちょっとなったけれど、背中をバシバシ叩くタマさんはやっぱりいつもと同じタマさんで、そのことに俺はホッとした。
「それにしても、本当に大きくなったねぇ。去年くらいからまたひょっこり来てくれるようになって、嬉しかったんだよ」
タマさんが言うように、高校に入ってから、なぜだかずっと忘れていた「たまや」の存在を思い出して、またちょこちょこ通うようになったのだ。思えばそれも、何か魔法めいた不思議な力を感じる。
「タマさんこそ、覚えてたんですね。俺、ガキのときよりそれなりに顔は変わったつもりですけど」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていたであろう子供のときの顔をしっかりと覚えられているなんて恥ずかしくて、俺はちょっと拗ねてみた。けれどタマさんは、そんな俺の様子には全く構うことなく、にこやかな眼差しを向けつづける。
「忘れないよ。何せあたしは元は獣だからね、別に顔だけで個人を識別してないんだよ」
とんでもないことをさらりと言って、タマさんはケラケラと笑う。これがひと月前だったら、絶対に信じられなかっただろうに、今日までの色々なことが俺にある程度の不思議は受け止められるようにしてしまった。
「司くんがまた来てくれるようになってよかった。……あたしひとりだったら、主の魔法を守りきれずに消えさせてしまっただろうから。この町の魔法を知っていた人がひとり、またひとりといなくなって、あのままだったらきっと、魔法は消える運命だったから。――その魔法によってこの姿を得ているあたしもね」
そう言ってタマさんは何てことないように笑っているけれど、ものすごく重要なことを託されていたのだと今更になって気がついた。
「タマさん、そんな大事なことを、どうして俺に?」
「司くんにだからだよ。子供のときに『たまや』と縁ができていたっていうのもあるけど、小さな命のために一生懸命泣いてくれたあの優しさを、あたしは買っているんだよ」
「そんな……別に特別優しいわけじゃないですよ」
まるで大事なものを見るかのような、柔らかく温かい眼差しを向けられたから、ものすごく照れてしまう。俺はそんな、立派な人間じゃない。それなのにタマさんは、ニコニコ笑って言った。
「道で弱った猫を見つけて、日陰まで運んで飲み物を恵んでやる人間を、世間じゃ『優しい人』って言うんじゃないのかい?」
そんなふうに言われたら何も言い返せなくて、俺は黙ってスニーカーのつま先を見つめた。
そんなことを優しいといって尊んでくれるなら、世の中にはもっともっと尊い人間はいくらでもいる。
何か秀でたこともなく、何かに熱く一生懸命なわけでもない俺なんかを頼って、うまくいかなかったらどうするつもりだったのだろう。
「あのとき軽〜く頼まれたから軽〜く引き受けちゃったけど、俺ってうまくやれてるの?」
「やれてるよ。というより、この町の魔法を信じてくれるっていう何より一番大事な条件が満たされてたからいいんだよ。新しい世代の司くんたちに、魔法を知ってもらえたから、もうそれだけで大丈夫ってあたしは思ってる」
そう言ってタマさんは、俺を通りすぎた向こう側へ視線を向けた。その視線を追って振り返ると、坂道を上ってくる武内さんの姿があった。
「さぁ、可愛い彼女のご到着だよ。行ってやりな」
勢いよくポンと背中を押されて、そのはずみで立ち上がってそのまま歩き出す形になってしまった。
そんな俺の姿が見えたのか、武内さんが嬉しそうに手を振った。それに応えるように手を振ってから、俺は背後を確認する。
「タマさん、俺が秘密を知ったからって、いなくなったりしない?」
子供みたいに不安になって、思わず大きな声で尋ねてしまった。その声に面食らったように一瞬目を見開いてから、タマさんはおかしくてたまらないといった様子で、大きな口を開けて笑った。
「大丈夫、いなくなったりしやしないよ。安心していってらっしゃい」
そう言って手を振るタマさんの姿を見て、俺はホッとして歩き出した。
「お待たせ」
「うん。行こうか」
強い日差しが、俺と武内さんの影をアスファルトに縫いとめるかのように、真上から激しく照らしていた。
日陰にいて一旦はひいていた汗が、またジワっと滲んでくる。手のひらの汗をこっそりズボンで拭って、俺は黙って武内さんの手を握った。
武内さんは何も言わず、ニマッとして俺を見たあと、恥ずかしそうに視線を逸らして、空いているほうの手で、自分の赤くなった頬を確認するように触れた。
そんな仕草が可愛いなぁと思ったら、俺の顔も何だか赤くなった気がして、また手のひらにジワっと汗を感じた。
暑い夏が、まだ続いている。
ああ、この目――突然の既視感が俺を襲う。
この目を知っていると、最近どこかで俺は思ったのだ。それはいつのことだったのか、目を閉じて思い出してみる。
綺麗だけれど、どこか怪しげな光を放つその瞳。きりりとした眼差し。
「――あ!」
パズルの最後のピースがぴたりとハマるように、俺の頭の中で、物事がひとつに結びつく感覚がした。
「タマさんって、猫だったんですか……?」
俺の問いに、タマさんはこくりと頷いた。
「……気づかれちゃったか。春香ちゃんに写真を撮られたときから、こうやって話す日は近いんだろうとは思ってたんだけど」
そう言って、照れたように笑った。
「タマさんも、ハッちゃんたちみたいに魔法で?」
「ううん。あたしの場合は猫としても随分生きてたから、人間たちが言うところの猫又とか化け猫に近くなってたんだろうね。だから、あの子たちよりこの姿になるのも自由がきくかな」
「……ってことは、タマさんって妖怪ってこと?」
「司くん、レディを捕まえてなんてこと言うんだい!」
恐ろしげな存在が目の前にいるような気持ちにちょっとなったけれど、背中をバシバシ叩くタマさんはやっぱりいつもと同じタマさんで、そのことに俺はホッとした。
「それにしても、本当に大きくなったねぇ。去年くらいからまたひょっこり来てくれるようになって、嬉しかったんだよ」
タマさんが言うように、高校に入ってから、なぜだかずっと忘れていた「たまや」の存在を思い出して、またちょこちょこ通うようになったのだ。思えばそれも、何か魔法めいた不思議な力を感じる。
「タマさんこそ、覚えてたんですね。俺、ガキのときよりそれなりに顔は変わったつもりですけど」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていたであろう子供のときの顔をしっかりと覚えられているなんて恥ずかしくて、俺はちょっと拗ねてみた。けれどタマさんは、そんな俺の様子には全く構うことなく、にこやかな眼差しを向けつづける。
「忘れないよ。何せあたしは元は獣だからね、別に顔だけで個人を識別してないんだよ」
とんでもないことをさらりと言って、タマさんはケラケラと笑う。これがひと月前だったら、絶対に信じられなかっただろうに、今日までの色々なことが俺にある程度の不思議は受け止められるようにしてしまった。
「司くんがまた来てくれるようになってよかった。……あたしひとりだったら、主の魔法を守りきれずに消えさせてしまっただろうから。この町の魔法を知っていた人がひとり、またひとりといなくなって、あのままだったらきっと、魔法は消える運命だったから。――その魔法によってこの姿を得ているあたしもね」
そう言ってタマさんは何てことないように笑っているけれど、ものすごく重要なことを託されていたのだと今更になって気がついた。
「タマさん、そんな大事なことを、どうして俺に?」
「司くんにだからだよ。子供のときに『たまや』と縁ができていたっていうのもあるけど、小さな命のために一生懸命泣いてくれたあの優しさを、あたしは買っているんだよ」
「そんな……別に特別優しいわけじゃないですよ」
まるで大事なものを見るかのような、柔らかく温かい眼差しを向けられたから、ものすごく照れてしまう。俺はそんな、立派な人間じゃない。それなのにタマさんは、ニコニコ笑って言った。
「道で弱った猫を見つけて、日陰まで運んで飲み物を恵んでやる人間を、世間じゃ『優しい人』って言うんじゃないのかい?」
そんなふうに言われたら何も言い返せなくて、俺は黙ってスニーカーのつま先を見つめた。
そんなことを優しいといって尊んでくれるなら、世の中にはもっともっと尊い人間はいくらでもいる。
何か秀でたこともなく、何かに熱く一生懸命なわけでもない俺なんかを頼って、うまくいかなかったらどうするつもりだったのだろう。
「あのとき軽〜く頼まれたから軽〜く引き受けちゃったけど、俺ってうまくやれてるの?」
「やれてるよ。というより、この町の魔法を信じてくれるっていう何より一番大事な条件が満たされてたからいいんだよ。新しい世代の司くんたちに、魔法を知ってもらえたから、もうそれだけで大丈夫ってあたしは思ってる」
そう言ってタマさんは、俺を通りすぎた向こう側へ視線を向けた。その視線を追って振り返ると、坂道を上ってくる武内さんの姿があった。
「さぁ、可愛い彼女のご到着だよ。行ってやりな」
勢いよくポンと背中を押されて、そのはずみで立ち上がってそのまま歩き出す形になってしまった。
そんな俺の姿が見えたのか、武内さんが嬉しそうに手を振った。それに応えるように手を振ってから、俺は背後を確認する。
「タマさん、俺が秘密を知ったからって、いなくなったりしない?」
子供みたいに不安になって、思わず大きな声で尋ねてしまった。その声に面食らったように一瞬目を見開いてから、タマさんはおかしくてたまらないといった様子で、大きな口を開けて笑った。
「大丈夫、いなくなったりしやしないよ。安心していってらっしゃい」
そう言って手を振るタマさんの姿を見て、俺はホッとして歩き出した。
「お待たせ」
「うん。行こうか」
強い日差しが、俺と武内さんの影をアスファルトに縫いとめるかのように、真上から激しく照らしていた。
日陰にいて一旦はひいていた汗が、またジワっと滲んでくる。手のひらの汗をこっそりズボンで拭って、俺は黙って武内さんの手を握った。
武内さんは何も言わず、ニマッとして俺を見たあと、恥ずかしそうに視線を逸らして、空いているほうの手で、自分の赤くなった頬を確認するように触れた。
そんな仕草が可愛いなぁと思ったら、俺の顔も何だか赤くなった気がして、また手のひらにジワっと汗を感じた。
暑い夏が、まだ続いている。