魔法あります
素敵だね
「安達くん、まーだー?」
「もうちょっとだから」
武内さんは本当に体力がないらしく、坂を登りながらもう何度めかの「まーだー?」を叫んだ。
確かにこの坂は急だけれど、高校までの緩く長い坂のほうが余程きついだろうに、毎日どうやって通っているんだろうと不思議になる。
「ついたよ」
「おおー! こんなお店あるんだー! 知らなかった! すごい! レトロ! 雰囲気あるー!」
何の練習もせずにフルマラソンに挑んだ人の如く疲れ果てボロボロになりながら足をやっとこさ動かしていたくせに、「たまや」を前にして武内さんは元気な子供のようになった。
「あたし、高校周辺の地理に全然詳しくないんだけど、ここってみんな知ってるところ?」
「ううん。今まで他の生徒に会ったことはないかな」
「じゃあ、安達くんの隠れ家なんだね、ここ。……連れて来てくれてありがとう」
行きがかり上だよとか、他に店を知らなかったからとか、何か言おうかと思ったけれど、そのどれも武内さんのまじりっ気のない笑顔には相応しくない気がして、俺はただ「うん」とだけ答えた。
「アイスって何がオススメ?」
ケースを覗き込みながら武内さんが言う。けれど、俺は武内さんよりもこちらへジッと視線を向けてくる複数の気配のほうが気になって、ジッと見つめ返した。
「あの、タマさん? あと、ハッちゃんか。出て来て。メッチャ気配わかってるから」
「なぁ~んだバレてたか~」
「バレた~」
「た~」
襖の向こうに声をかけると、バターンと開いてタマさんとハッちゃんと、見知らぬ小さな子が現れた。
「司くん、デート? その子にもラムネあげる?」
「デートじゃない。ラムネじゃなくてアイス食べに来た。ハッちゃん、その子は?」
「ミケコ。ハッちゃんの友達だよ。ラムネもらいに来た!」
「ラムネっ」
ハッちゃんとミケコと呼ばれた子は俺に向かって手を揃えて突き出してくる。
「うん、ラムネをご馳走するのはやぶさかではないけど……蓋で飲むのは今日はちょっと」
「わかった! このまま人間の姿で飲むね!」
「人間!」
努めて小声で言ったのに、ハッちゃんとミケコは合点承知と大きな声で返事をした。
ヒヤッとして武内さんのほうを振り返ると、クスクス笑ってこちらを見ていた。
「それ、何ごっこ? 安達くん、子供と遊んであげるなんて意外」
「意外って何でだよ」
「だって何か怖いイメージがあったから」
「司くん怖くないよ? ハッちゃんのこと助けてくれた!」
「助けてくれたの?」
「そう、行き倒れてたから」
「えー中学生で行き倒れって、あなたハードな人生歩んでるのね」
「この坂道はなかなかに難所だったから」
「確かにね。あたしもさっき死にかけたもん」
「ラムネー!」
初対面のわけのわからない子供二人に臆することなく武内さんは店の奥へと入って来て、あっという間に打ち解けてしまった。
今日はハッちゃんが猫耳型のニット帽を被っているし、ミケコはきちんと化けられているのが幸いだった。
こうして見ると、普通の女の子三人がはしゃいでいるようにしか見えない。
「じゃあ今日は司くんのお友達も来てるから、新作アイスの試食会にしようかな」
お盆を手に、奥から再びタマさんが現れた。お盆の上には涼しげなガラスの器に盛られたアイスが乗っている。
「本当にまだ試作段階だから、今日は棒付きじゃなくて器で食べてね」
俺たちを店の前のベンチに座らせて、タマさんはひとりひとりに器を手渡していく。
ハッちゃんもミケコも、武内さんも、目をキラキラさせてそれを受け取った。
「アイス初めて食べるー」
「ミケコもー!」
「え? 二人とも随分厳しく育てられてるんだね」
三人(二匹と一人?)はもうすっかり打ち解けて、友達みたいに話している。
武内さんが一口食べて「生き返るー!」と言うと、ハッちゃんとミケコも「生き返るー!」と叫んでいた。
「司くんのお友達、いい子ね。あの子達のわけのわからなさも受け止めて一緒に遊んでくれてる」
隣ではしゃぐ三人に聞こえないように、そばに寄ってきてタマさんがこそっと言った。俺に向ける眼差しが優しい大人のそれで、何だかくすぐったくなる。
「友達っていうか、今日初めてしゃべったんですけどね」
「じゃあ、今日はもっとたくさんお話しないとね」
俺の少しツンツンしてしまう返答も気にせず、タマさんは優しい笑みを崩さない。
こういうの参るよな――そう思っても、決して嫌な気分ではなかった。
くすぐったい感覚から逃れたくて、俺もアイスを口に運んでみた。
白く見えたのはミルク味ではなくヨーグルト味で、その中にこの前食べたときよりも細かく刻まれたパインが入っていた。爽やかな酸味とフルーツ特有の甘味が口の中でまざりあって、喉を滑っていく。
「……うまい」
「よかった。成功みたいね。じゃあこれは近々商品として追加しよう」
俺の反応を見て、タマさんは満足そうに頷いた。
武内さんたち三人を見るともう完食していて、おいしさの余韻を楽しんでいるのか、幸せそうに目を閉じていた。
「じゃあ、ハッちゃんもミケちゃんもまた奥でお勉強しようね」
「はーい。お姉ちゃん、またね!」
「またねー!」
タマさんは気を利かせたのか、ハッちゃんとミケコを連れて奥の座敷へと戻っていってしまった。パタンと襖が閉まるまで武内さんは手を振っていたけれど、その手が止まってしまうと途端に二人の間に沈黙が流れた。
「もうちょっとだから」
武内さんは本当に体力がないらしく、坂を登りながらもう何度めかの「まーだー?」を叫んだ。
確かにこの坂は急だけれど、高校までの緩く長い坂のほうが余程きついだろうに、毎日どうやって通っているんだろうと不思議になる。
「ついたよ」
「おおー! こんなお店あるんだー! 知らなかった! すごい! レトロ! 雰囲気あるー!」
何の練習もせずにフルマラソンに挑んだ人の如く疲れ果てボロボロになりながら足をやっとこさ動かしていたくせに、「たまや」を前にして武内さんは元気な子供のようになった。
「あたし、高校周辺の地理に全然詳しくないんだけど、ここってみんな知ってるところ?」
「ううん。今まで他の生徒に会ったことはないかな」
「じゃあ、安達くんの隠れ家なんだね、ここ。……連れて来てくれてありがとう」
行きがかり上だよとか、他に店を知らなかったからとか、何か言おうかと思ったけれど、そのどれも武内さんのまじりっ気のない笑顔には相応しくない気がして、俺はただ「うん」とだけ答えた。
「アイスって何がオススメ?」
ケースを覗き込みながら武内さんが言う。けれど、俺は武内さんよりもこちらへジッと視線を向けてくる複数の気配のほうが気になって、ジッと見つめ返した。
「あの、タマさん? あと、ハッちゃんか。出て来て。メッチャ気配わかってるから」
「なぁ~んだバレてたか~」
「バレた~」
「た~」
襖の向こうに声をかけると、バターンと開いてタマさんとハッちゃんと、見知らぬ小さな子が現れた。
「司くん、デート? その子にもラムネあげる?」
「デートじゃない。ラムネじゃなくてアイス食べに来た。ハッちゃん、その子は?」
「ミケコ。ハッちゃんの友達だよ。ラムネもらいに来た!」
「ラムネっ」
ハッちゃんとミケコと呼ばれた子は俺に向かって手を揃えて突き出してくる。
「うん、ラムネをご馳走するのはやぶさかではないけど……蓋で飲むのは今日はちょっと」
「わかった! このまま人間の姿で飲むね!」
「人間!」
努めて小声で言ったのに、ハッちゃんとミケコは合点承知と大きな声で返事をした。
ヒヤッとして武内さんのほうを振り返ると、クスクス笑ってこちらを見ていた。
「それ、何ごっこ? 安達くん、子供と遊んであげるなんて意外」
「意外って何でだよ」
「だって何か怖いイメージがあったから」
「司くん怖くないよ? ハッちゃんのこと助けてくれた!」
「助けてくれたの?」
「そう、行き倒れてたから」
「えー中学生で行き倒れって、あなたハードな人生歩んでるのね」
「この坂道はなかなかに難所だったから」
「確かにね。あたしもさっき死にかけたもん」
「ラムネー!」
初対面のわけのわからない子供二人に臆することなく武内さんは店の奥へと入って来て、あっという間に打ち解けてしまった。
今日はハッちゃんが猫耳型のニット帽を被っているし、ミケコはきちんと化けられているのが幸いだった。
こうして見ると、普通の女の子三人がはしゃいでいるようにしか見えない。
「じゃあ今日は司くんのお友達も来てるから、新作アイスの試食会にしようかな」
お盆を手に、奥から再びタマさんが現れた。お盆の上には涼しげなガラスの器に盛られたアイスが乗っている。
「本当にまだ試作段階だから、今日は棒付きじゃなくて器で食べてね」
俺たちを店の前のベンチに座らせて、タマさんはひとりひとりに器を手渡していく。
ハッちゃんもミケコも、武内さんも、目をキラキラさせてそれを受け取った。
「アイス初めて食べるー」
「ミケコもー!」
「え? 二人とも随分厳しく育てられてるんだね」
三人(二匹と一人?)はもうすっかり打ち解けて、友達みたいに話している。
武内さんが一口食べて「生き返るー!」と言うと、ハッちゃんとミケコも「生き返るー!」と叫んでいた。
「司くんのお友達、いい子ね。あの子達のわけのわからなさも受け止めて一緒に遊んでくれてる」
隣ではしゃぐ三人に聞こえないように、そばに寄ってきてタマさんがこそっと言った。俺に向ける眼差しが優しい大人のそれで、何だかくすぐったくなる。
「友達っていうか、今日初めてしゃべったんですけどね」
「じゃあ、今日はもっとたくさんお話しないとね」
俺の少しツンツンしてしまう返答も気にせず、タマさんは優しい笑みを崩さない。
こういうの参るよな――そう思っても、決して嫌な気分ではなかった。
くすぐったい感覚から逃れたくて、俺もアイスを口に運んでみた。
白く見えたのはミルク味ではなくヨーグルト味で、その中にこの前食べたときよりも細かく刻まれたパインが入っていた。爽やかな酸味とフルーツ特有の甘味が口の中でまざりあって、喉を滑っていく。
「……うまい」
「よかった。成功みたいね。じゃあこれは近々商品として追加しよう」
俺の反応を見て、タマさんは満足そうに頷いた。
武内さんたち三人を見るともう完食していて、おいしさの余韻を楽しんでいるのか、幸せそうに目を閉じていた。
「じゃあ、ハッちゃんもミケちゃんもまた奥でお勉強しようね」
「はーい。お姉ちゃん、またね!」
「またねー!」
タマさんは気を利かせたのか、ハッちゃんとミケコを連れて奥の座敷へと戻っていってしまった。パタンと襖が閉まるまで武内さんは手を振っていたけれど、その手が止まってしまうと途端に二人の間に沈黙が流れた。