もう泣いてもいいよね
そして、裏祭まであと1週間という日になって、子守花物語は、ほぼ書き上がった。

後は、見直しての校閲だけだった。


「間に合ったね」

香澄が最後の原稿をタケルに読ませ、ワープロに打ち込んだ。

「おれ、すごくいい話だと思う」

「私も」

タケルと香澄はほっとして、満足そうな笑顔をした。


「途中まではいったいどうなるかと思ったけど、ハッピーエンドで良かったぁ~」

「うん、すごく世界観に引き込まれたし、読み終わった後の余韻がいいよ」

「ありがとう」

私は座卓から少し離れて座り直し、二人に言った。

「ここまでできたのは、二人のおかげだよ。本当にありがとう」

私は頭を下げた。

「やめろよ、皆美。照れるじゃないか」

「そうだよ」

「ううん。本当は言葉では伝えきれないの」

香澄は私のところに来て、手を取って言った。

「わかってる」

近づいてこないが、タケルもそんな表情だった。



「ねえ、皆美。完成させるのはちょっと待ってくれる?」

香澄が私の目を真っ直ぐ見て言った。

「え?なんで?」

「なんでも。とにかく、タケルがあと1週間は一緒にいられるの。それまで完成させるのは待って」

その眼差しには何か強い懇願が感じられた。

「わかった」

「ありがと」

そして、香澄はタケルの方を見て微笑んだ。



私の小説の完成とタケルのことがどう関係あるかわからなかったが、香澄が言うのだから、そのとおりにして間違いはないだろう。

私はペンを置いた。



「タケル、何かやりたいこと、しておきたいことないの?」

香澄がそばに座って、タケルの顔をのぞき込んだ。

「う~ん…東京にも行ったし、皆美の見聞きしたことはおれも全部体験したわけだし、ここにも戻ってこられたし、ツリーハウスにも行けたし…」

タケルはしばらく指を折りながら考えていたが、香澄の方に顔を向けて言った。

「別にないな」

その笑顔には何の曇りも見られなかった。
 
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