もう泣いてもいいよね
振り返ると、暗がりの中、香澄と、もう一人黒い着物姿の女性が歩いてきた。


「あれ?」

楓おばちゃん?

裏祭に行ったんじゃ…



「皆美…」


「え?」

その女性の声は…



「母さん…」


灯籠の火の灯りが顔を照らした。

確かに母さんだった。


私は、身体が固まりかけたが、そこから逃げようとした。

「皆美、待って!」

私は母さんに背中を向けたまま立ち止まった。


「母さん、ごめんなさい。私…」

「何を謝ってるの?」

後ろから抱きしめられた。

「母さん…」

私は、金縛りにあったように身体が固まって動けなかった。


「私は何も怒っていないし、あなたを嫌ったりもしてないわ」

「だって、あの時、母さんのあの哀しそうな顔、私忘れてないよ。絶対に許してもらえないと思ってた」

「皆美。母さんは、あなたのことを愛してるの。心配こそすれ、どうしてあなたを嫌うの?」

「母さん…」

「皆美」

私は後ろから抱きしめられたままだった。

その力は優しく、それでいて離さないという意志があった。

そして、後ろで母さんが泣いてるのがわかった。



「皆美」

香澄が私の前に来て言った。


「深雪おばちゃん、皆美の書いた小説を全部、店に並べてるんだよ」


「え?…うそ」


そのことは、私が勘違いしていたことを理解させるには十分だった。


私がゆっくり振り返ろうとすると、母さんは抱きしめた力を緩めた。


母さんは、笑顔で泣いていた。

「皆美、お帰り。お帰りなさい」


「母さん…、母さん!」

私は、母さんに抱きついて、泣いた。



タケルと香澄が並んで心配そうに見ていた。

「これでいいんだよな?」

「そうだと信じてる…」



私は、母さんの反対を押し切って上京したくせに、母さんの言うとおりに失敗して、しかも会社も辞めることになって、絶対に許してもらえないと思っていた。

母さんに会いたかったけど、またあの哀しそうな顔を見るのが怖くて帰ることができなかった。


なんてバカだったんだろう。


素直に帰ってきて良かったのに、そんなことを今さら気付くなんて。



母さんに会いたかった。

母さんに…


こうして抱きしめてもらえて、やっとわかった。


私が本当に求めていたのはこれだったんだ…

母さん、母さん…
 

母さんを思いきり抱きしめ返した時、私は不思議な感覚を感じた。
 
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