もう泣いてもいいよね
それからさらに1ヶ月、8月初めになっても、出来上がりはまだ半分ぐらいだった。

以前の商業小説家だった頃と比べて、明らかにペンの進みが遅い。

それだけ、考えながら書いているということだ。

あの頃は速さだけを求められた。

今はそんな作品は書きたくない。

それでも裏祭までは余裕で書けるだろう。

タケルがいなくなるまでは、間に合うはずだ。



タケルがいなくなる…


その実感がわかなくなってきた。

時間が経つほど、こうして目の前にタケルがいるのが、うそみたいなものだっていうのが、理解できなくなってくる。

気持ちを強く持つための自己防衛だろうか。

そんな気持ちでいるのは何か間違っている気はしている。

でも、本当は信じたくないのだ。

タケルがいなくなることを。



大きく息を吸った。

ゆっくり息を吐き出す。

そして、郷土資料館で思った気持ちをゆっくり思い出して、気持ちを戻せた私は、またペンを進めた。



それからまた1ヶ月経って、とうとう9月に入った。

今月の29日が満月だ。

でも、進みが鈍っていた。

どうもラストまでの道のりが納得いかなかったのだ。何かが足りなかった。もっと調べておけば良かったのだろうか。

頭の中で、少し焦りが生まれていた。


タケルと香澄がそんな私を見て、心配そうにしているのがわかる。

二人の貴重な時間を使わせてもらっているのにと思うほど、いい考えが浮かばなかった。
 
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