嘘つきな恋人
「椎名さん。お昼食堂で一緒に食べない?」と剛が朝の小児科病棟に顔を出す。

「行きませんよ。」と私は顔をしかめて、剛の横を通り過ぎる。

「じゃあ、勤務が終わったら、美鈴が好きなみなとみらいの和食屋は?」

と後ろを歩きながら私を誘う。

「…行かないって。」と振り向きざまに睨むと、


「後藤、おまえは振られたんだろう。
美鈴ちゃんは小児科ナースだから、俺と飯に行くんだよな。」

と小児科医のバツイチ40歳の高野先生が
ナースステーションの中から笑って声をかけてくる。

「それも行かない。」とナースステーションに入ると、

「先生たち、ちゃんと仕事して。椎名さん、カンファレンス始めるよ。」
と呆れた声を出して主任が私を呼んでいる。

まあ、こんな具合だ。

昔はもっとコソコソ誘って来たけど、
最近は度胸がついたもんだ。
病棟の廊下で、冷やかされても気にせず、
ニコニコと私を誘ってくる。
勤務時間にそんな事をしてたら、問題だけど、
ちゃあんと、時間外に私の前に現れる。

やれやれ
いったいあのオトコは何をしているんだろう。
とため息が出る。

まあ、しつこく誘ってこないけど、
明らかな求愛行動でしょ。

みなさんの好奇の眼差しがとっても痛い。
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