一輪の花を君に。2nd
ーside千鶴ー


あれは、11年前の夕方。


夕日が沈む頃で、1本の電話があった。


私は、その電話のあった家へ向かうと、体育座りをし部屋の隅に座り込みカタカタと震える小さい美空の姿があった。



美空の父親は、何年も前から重度のアルコール依存症、薬物依存症の人で社会復帰も難しいと言われていた。




「あなた、大丈夫!?」




美空の体を見ると、体や顔にいくつものあざがありタバコの火傷のあともあった。




美空に触れた時美空は



「触んないで!やめて!」



と、衰弱した力で私の腕を振り払った。




「この糞ガキ、可愛くないだろ。助けるだけあんたが損するよ。早く帰れよ!」




そう、父親は私に罵声をあびせた。



この子が可愛くない?



自分の娘でしょう?



少なくともこの子は、この子の瞳は助けて欲しい、もっと生きたいという思いが込められているような気がした。




だから…




「この子の、名前を教えてください。」




「他人のあんたになんか教えるかよ。」



父親から聞いても無駄だ。



私は、答えないと思いながらも本人に聞いてみた。





「あなた、お名前言える?」





「榎本…美空。」




そう、目をうるうるさせながらまだ小さかった美空はそう答えてくれた。





「ありがとう。美空ちゃん。行くよ。」




「えっ?」




「大丈夫だから。」




美空の体は抵抗する力も残っていなくて私は美空を抱きかかえていた。





無理にでもこの父親の元から離さないと美空が殺されてしまう。




そう思った。



美空を抱き抱え、外に出た時1人の少年が立っていた。




「榎本美空を、よろしくお願いします。」




そう言って頭を下げた。



実は、この子が児童相談所に連絡してくれた。




この子は、美空が生まれた時にすぐ親戚に引き取られた美空の兄だった。




「君、名前は?」




「榎本廉斗です。僕は大丈夫だから美空を守ってあげてください。」




その子は、ずっと美空を心配して美空の家を何回か訪ねていたみたいだった。




廉斗君の家は、1人子供がいて2人あずかること、尚更赤ちゃんだった美空をあずかることは難しかったそうだ。



それでも、親戚の人は、父親のことや複雑な家庭の事情があったことを知っていたから、美空が少し大きくなるまでは一緒に育ててくれていたそうだった。



そうはいっても、家計的に3人を育てることは難しく、ある日父親が謝罪をしに来て、美空を1人だけでいいから引き取りたいと言い1度は連れて帰ったそうだった。



表面だけの謝罪をして美空は父親の元へと戻されたらしい。





これが、廉斗君という1人の少年の残っている最後の記憶。
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