悩ましきは猛進女の撃甘プロポーズ
空耳? と思った。
――と同時に、何処かで見たことがあるような……と思った。
そして、ハタと気付く。
女性アザラシ? と……。
でも、目の前に立っているのは天使もどき……?
もしかしたら、女性アザラシは天に召されたのか?
なら、この女は幽霊。幽霊が、今、何を言った?
確か、嫁にしてくれ、とか何とか言ったな。
「得体の知れない者を嫁にする趣味はない!」
相手が幽霊でも、一応、礼儀だ。ちゃんと断りを入れる。
「そんなぁ、後生ですから結婚して下さい」
尚もしつこく食い下がる幽霊。
「あの世の者と一緒になるということは、僕に死ねと言っているのも同じだ!」
かの有名な牡丹燈籠でも、お露の亡霊に取り憑かれた新三郎は、どんどん衰弱していったではないか。あんな風に精気を吸い取られるのは御免だ!
「あの世の者? 私、足ならありますよ」と女は片足で二回、深紅の絨毯を踏み鳴らす……が全く音はしない。
やはり霊体だな、と思っていると、女もそれに気付いたのだろう、アッと笑みを浮かべ、持っていたビーズのパーティーバッグから名刺を取り出し手渡した。
視線をそれに向けると……。
『外資系総合商社 帝(MIKADO) 総務主任 神崎遥香』の文字。