溺愛までノンストップ〜社長の包囲網から逃げられません〜
男の整った顔が斜め横に跳んだ。
一瞬の静寂の後に、騒がしいほどの周りの雑音が聞こえるけど、そんなの関係なかった。
「君は社長に何をするんだ…首だ、首。彼女の上司はいるか?」
「しゃ、社長大丈夫ですか?」
数人の男性が私と男の周りに集まり、私を叱責する者…社長の様子を伺う者がいる中、私の視線は今だに打たれたまま反応を示さない男を見ていた。
男が手のひらをかざすと、静かに口を閉ざし様子を伺うように距離を取る社員達。
「……いいビンタだ。効いたよ」
やっと口を開いた男は、少し切れた唇の端を指先で気にしながらこちらを向いた。
男性らしくないスッとした長い指が色っぽく、なぜだかゴクッと喉が鳴った。
「…でしょうね…思いっきり叩いたもの」
「叩かれた理由はあるんだろうな⁈」
「えぇ、桐谷と言えばわかるかしら⁈」
「…例の件か?」
「そうよ。あなたのせいで住む家もなくなって、家族と別れて生活する事になったんだから、ビンタ1つぐらいお見舞いしても文句はないでしょう⁈」
「…住む家がなくなった?どういうことだ?」
怪訝な表情から眉間にしわを寄せ私の両肩を掴んだ男に体を揺すられる。
「しらばっくれないで…あなたがそう仕向けたくせに…」
「…俺が仕向けただと⁈…朝一の予定をキャンセルだ」
ボソッと呟いた男は私の肩から手を離し、後ろに控えていた秘書の男性に告げた。
「…役員会議に社長がおられないと進行しません」
「なら、時間をずらせ」
「…かしこまりました」
一喝する男にこれ以上何を言っても変わらないと判断した秘書は、スケジュール帳を開きながらあちこちに電話をかけている。
その間に始業時間になり、今だにその場に立ち尽くす社員や役員達を社長は鋭い視線と顎クイで仕事に向かわせた。
問題を起こした私も、とりあえず仕事しなければと本来いる場に引き返そうとヒールをカツンと鳴らした。
「お前はどこに行くつもりだ?」
「仕事しに…」
受付のカウンターに視線を向けると、もう一人の受付嬢がポカンとこちらを見ている。
「公衆の面前で、俺の頬を叩いて仕事に戻れると思っているのか?」
そこで初めて、大それた事をしてしまったと思った。
私、仕事を失くすの?
体中の血の気が一気にひいていく。