不埒な専務はおねだーりん
(静かだわ……)
このアパートに引っ越してきてから、本当の意味でひとりきりになることはなかった。
お母さんと、お兄ちゃん、お母さんの同僚の宇田川家の使用人のみんな。
そして……大好きな篤典さんがいつも傍にいてくれたからだ。
しかし、今。
何に悩み、苦しんでいるのか、私は誰にも相談することができなかった。
数日おきに篤典さんからお誘いがあったけれど、私は理由をつけてのらりくらりと断ってしまった。
オフィスの外でも会いたいと思ってもらえるのは嬉しいのに、最後の一歩がどうしても踏み込めないのは、きっと私に共犯者としての覚悟が足りないからだ。
篤典さんと一夜を共にしてしまえば……選ばなくてはならなくなる。
離れる覚悟も、離れない覚悟もまだ出来ない。
何もかも中途半端で、そんな自分がほとほと嫌になる。
愛されることを望んでおきながら、此の期に及んでおよび腰になるなんて最低だ。
嘘をついているという罪悪感と篤典さんへの恋慕に挟まれて、頭がおかしくなりそうだった。