不埒な専務はおねだーりん
「かずさはね……僕が初めてクッキーを分け合った人間なのさ」
「クッキーを……分け合う……?」
「宇田川の家に生まれ、望めば何でも手に入る環境があって、大人も子供も僕の思うがまま。12歳にして王様にでもなった気分だったよ」
12歳の篤典さんがどういう状況だったのかは想像に難くない。
彼の周りには様々な思惑を持った大人が常にいて、甘い言葉で籠絡しようとする人もいれば、虎視眈々と野心を温める輩だっていただろう。
思い通りになる他人が大勢いる中で、篤典さんは誰にも振り回れず自分自身を保つ強さを培ったのだろう。
「しかし、それは不幸なことだ。なんでも独り占めして、誰かと分かち合う喜びを知らないのだから」
篤典さんは指を絡め、チュッと手の甲にキスをした。
「クリクリと可愛い瞳でクッキーを見つめるくせに、かずさは決して“欲しい”とは言わなかったんだ。生まれて初めての経験だったよ。誰かのために自分のものを分け与えてあげようなんて思ったのは……」
クッキーというワードを頼りに、遥か昔の記憶を手繰り寄せると、心当たりがひとつ見つかった。