不埒な専務はおねだーりん
(思い出した……)
“どこからきたの?こっちにおいで。一緒にクッキーを食べよう”
お母さんについていった宇田川のお屋敷で迷子になった私に、優しい手を差し伸べてくれたのは……篤典さんだった。
”良い子にしてないとダメなの……”
お腹が空いていた私は甘い匂いに誘われて、ふらふらと廊下を飛び出したにも関わらず、”良い子にしていてね”という母の言いつけを頑なに守ろうとした。
父がいなくなり、母と過ごす時間が減り、兄はふとした瞬間に何かを考えこむことが多くなっていた。
自分を取り巻く環境が激変する中で言いしれようのない不安を感じ、怯えていた私を篤典さんは己の膝の上に乗せてくれた。
”大丈夫。君は良い子だよ”
そう言って篤典さんはまだほんのり温かいチョコチップクッキーを私に食べさせてくれたのだ。
……多分、それが私の初恋の始まりだった。